12音階誕生後の世界 PART3


12音階誕生後の世界 PART2(→http://d.hatena.ne.jp/yaneurao/20110515)の続き。



メロディに合う和音をどうやって決めるのかについて、原始人AとBとの間で長い議論が繰り広げられた。その議論のなかで、彼らは記譜法や、circle of 5thを発見して行った。


原始人B「メロディに合う和音を探す方法について、少し考えを整理しよう。俺たちは、1オクターブから7つの音を選んできたよな?その選び方にはmajor scaleとminor scaleの2通りの選び方があった。俺たちにとっては、この二つはどちらも対等なscaleとして得られた。」


原始人A「うん。」


原始人B「ここからメロディに合う和音を決定する方法を考えていく。いま仮にC major scaleの音(ドレミファソラシ)だけでメロディを作っているとしよう。このとき、和音もC major scaleの音で構成されていて欲しいよな?」


原始人A「木琴の製造上の都合からすれば、そうだ。木琴を作る手間を省くために1オクターブから7音だけを厳選してきたのに、和音でこの7音以外の音を使ってしまったら一体どれだけの木琴の鍵盤を作らないといけないのか。しかし、そうは言ってもそのメロディに使っている音の集合だけからそのメロディに合う和音を探すアプローチは、俺はなんだかおかしいと思うんだよ。」


原始人B「何故?」


原始人A「ゆっくり順を追って説明させて欲しい。俺たちの音楽は、もともとペンタトニック(5音)だけで成り立っていた。ある日、お前が1オクターブが12音に均等に分けられることを発見した。そのあとその12音から厳選して7音を持ってきた。それがmajor scaleとminor scaleだった。」


原始人B「うん、そうだね。」


原始人A「5音で音楽が作れていたのだから、当然7音でも音楽は作れる。7音scaleは、5音scaleに比べれば十分すぎる表現力を内に秘めているだろう。しかし、俺はこの7音scaleに触れてみて、もっと別の可能性があることを発見した。」


原始人B「どういうこと?」


原始人A「いま、メロディに合う音を探そうとしている。メロディと協和する音を探そうとしている。しかし、そんなものはもともと存在しないんじゃないかと俺は思い始めた。」


原始人B「存在しない?なんで?」


原始人A「音って言うのは、増やせば増やすほど響きは濁っていく。増やせば増やすほど不協和になる。あるメロディと協和するのは、究極的には無音状態じゃないかと俺は思うんだよ。無音ならば、どんなメロディにも合う。」


原始人B「それなら伴奏は無いほうがいいって話にならないか?」


原始人A「いや、ところが、そこが違うんだよ。伴奏は必要なんだ。お前は大きな勘違いをしているが、不協和自体が駄目なんじゃないんだわ。不協和度を0から100までの100段階の数字で表すとするじゃん?」


原始人B「細かいことだが0から100までなら101段階だぞ。」


原始人A「ああ、そうか…。じゃあ、整数だけでなく実数の範囲で、0から100までで不協和度を表すとしよう。0が最小の不協和(無音状態)で、100が最大の不協和な。100は、すべての音がガンガン鳴っている状態なんだよ。12音すべてが。12音だけじゃない。その間の周波数の音だってすべてがガンガン鳴っている。」


原始人B「ホワイトノイズだな。」


原始人A「うん。だとして――もともと音楽って何も音のない世界から産まれてくるんだろうか?何も音のない世界に音が1音ずつ追加されて音楽が誕生したんだろうか?」


原始人B「そうなんじゃね?」


原始人A「俺はそれは違うと思っている。俺の頭のなかには、すべての音――すべての周波数の音が同時にガンガン鳴っている風景がある。不協和度100の世界だな。俺たちが聴いている音楽とは、そこから不要な音を削りとって出来たものじゃないだろうか。俺はそう思うことがある。」


原始人B「ふーん…。」


原始人A「以前、お前が彼女にプレゼントしたいって言うから、俺が木を彫り刻んで小鳥の彫刻を造ってやったよな?」


原始人B「ああ、その節はお世話になりました。」


原始人A「あのときからなんだ。あのときから俺の頭のなかでは、粘土をこねて陶器を作っていたときとは明らかに違う感覚が芽生えた。この世界自体の始まりには何らかの物質が充満していて、それを削りとられた結果が俺たちなんじゃないかって、そういうことを意識しだした。」


原始人B「面白い世界観だね。」


原始人A「まあ、それはどっちだっていいんだ。もともと正解なんて無いかも知れん。俺はそう考えているってだけだ。話を戻して、いま不協和度30で進んでいる音楽があるとする。そこから急に不協和度40になる。すると、聴いているほうは、気持ち悪く感じる。早く元の状態に戻りたい、戻って欲しいと願うだろう。そして不協和度40から30に戻る。そのとき、聴いている者は霧が晴れたように感じるだろう。」


原始人B「うん。」


原始人A「では、最初からずっと不協和度50で進んでいる音楽だったらどうだろう?一時的に不協和度70になり、そのあと不協和度50に戻った。すると、やはりすっきりした感じがするんじゃなかろうか。」


原始人B「たぶん、するだろうね。」


原始人A「つまり、そういうことなんだよ。不協和度を0に近づければいいってものじゃあない。それでは単に無音状態を指向しているだけだ。もちろん不協和度100もまた指向すべきでもない。俺たちが目指すべき地点は無音状態でもホワイトノイズでもない。俺たちの音楽に必要なのは適度な不協和度と、その不協和度の揺らぎなんだ。」


原始人B「なるほど!」


原始人A「まあ、その適度なって言うのが個人の好みがあるんだろうけどな…。じゃあ、ここで、一つクイズをしよう。ドとその1オクターブ上のドの2音を選ぶ。この中間の音はどこだ?」



原始人B「ソだろ?」


原始人A「実は俺も最初そう勘違いしていた。」


原始人B「えっ?違うのか?だって1倍(ド)と2倍(1オクターブ上のド)の中間だから1.5倍音、1.5倍音の1オクターブ上の音は1.5×2 = 3倍音(ソ)だから、要するにソだろ?」


原始人A「ドからソまでと、ソからその上のドまでの半音の個数を数えてみて欲しい。」


原始人B「あー!! ドからソまでは7個で、ソからドまでは5個だわ。ええと、つまり半音あがるごとに等比級数的に周波数が上がっていくからだな。」


そう言うと原始人Bは計算を始めた。


25/12 = 1.33484 ≒ 4/3倍 : 完全四度
26/12 = 1.414214 = √2倍 : 減五度
27/12 = 1.498307 ≒ 3/2倍 : 完全五度


原始人B「つまり、減五度――すなわちドに対するソ♭こそが、ドと(1オクターブ高い)ドとの中間の音だと言いたいのか?」


原始人A「そうだ。ドの√2倍音だ。これこそが中間の音なんだ。だけど、ドとソ♭を同時に鳴らすと背筋がゾクっとしないか?」


そう言うと原始人Aはドとソ♭を同時に叩いた。


原始人B「するね。少なくとも響きがハモってない。鋭く、そして濁って聴こえる。」


原始人A「何故、ドとドの中間の音なのにこんなにドの音とマッチしないのか。それはお前がさっき言ったように、俺たちが使っている音階の周波数が等比級数的であるからだ。ドの倍音とソ♭の倍音とで共通する音がほとんど無いからだ。俺の計算によれば、ソ♭の12倍音がドの17倍音に近いというぐらいだ。」


√2(ソ♭はドの√2倍音)×12倍音 = 16.97056 ≒ 17(ドの17倍音)


原始人B「なるほど。√2って数が半端すぎて、整数倍してもなかなか整数に近い数字にはならないんだね。」


原始人A「しかも、この17倍音なんて、そんな倍率の高い倍音、元の音にはわずかにしか含まれてないだろうし、現実的には無視できるレベルだと思うんだわ。そうすると、結局、ドとソ♭は共通倍音が無いんだ。そりゃ濁って聴こえるのも無理はない。」


原始人B「ふーむ。二等分というのは不協和を産むんだな。こりゃあ面白い。ひょっとして、ドと(1オクターブ高い)ドに対して、ソ♭が一番不協和なんじゃないか?」


原始人Bはドと(1オクターブ高い)ドを叩きながら、その間のいろんな音を叩いてみる。


原始人A「うん、俺はそう思ってる。二等分こそがもっとも不協和な響きになる。」


原始人B「1オクターブのなかで最も不協和な音程が、ちょうど二等分したところだというのは面白いね。二等分なら協和しそうに思えるのに、そこが最も不協和だなんて!」


原始人A「しかも、この真中の音(ソ♭)を左右のどちらかに少しずらすと協和するんだぜ?」


原始人B「ああ、ソ♭で不協和度が最大値を取るなら、左右に動かせばどこかで極小値も取るわな…。それはどこかと言うと…。」


ド・ファ・ド
ド・ソ・ド



原始人B「ここかな。ファは(ドの)1/3倍音だし、ソは(ドの)3倍音だから協和してる。」


原始人A「うん。俺もそこだと思う。面白いことに、この中点から左(低い音)に動かすと暗い響きになって、右(高い音)に動かすと明るい響きになるんだ。別の言い方をすれば中点より左はminorっぽく、右はmajorっぽい。」


原始人B「それは一般的な法則なのかな?音程の等分という操作が興味深いことがわかったから1オクターブの二等分以外の等分も調べておくか。」


そう言うと原始人Bは計算を始めた。


1オクターブは12個の半音から成る。12は1,2,3,4,6,12で割り切れる。1と12で割るのはいま考えないとして、1オクターブは二等分の他に、三等分と四等分と六等分が出来る。


原始人B「三等分するには…12 / 3 = 4だから、半音4個ずつか。」



いわゆる増三和音(Caug)が出てきた。


原始人A「それもまた、緊張感のある響きだな。」


原始人B「そうだね。でもどことなく明るい開放感もある。次に、四等分するには…12 / 4 = 3だから、半音3個ずつか。」



いわゆる減七の和音(Cdim7)が出てきた。


原始人A「これはお化けが出てきそうな不気味な響きがする。お化けの和音と呼ぼう。このお化けの和音、不協和度はかなり高いぜ?不協和度が高いってことは、これはかなり使えるってことじゃないか?」


原始人B「不協和度を一時的に高くして、それを解消するのを繰り返すのが音楽だと言うお前の音楽理論からすれば、かなり使える和音だろうね。」


原始人A「ここには、さっきの二等分したときに出てきたソ♭が出てきているな。そしてドとソ♭の中間の音がミ♭というわけか。そして、ソ♭とドとの中間の音はラなんだな。これは面白い発見だな。ドと(1オクターブ上の)ドに対してソ♭が最も不協和で、今度はドとソ♭に対してもミ♭が最も不協和。同じ理屈でソ♭とドの間ではラが最も不協和。たぶん、そう。つまり、ドと(その1オクターブ高い)ドとの間に3音を配置して、全体として最も不協和にする組み合わせは、このミ♭、ソ♭、ラなのかも知れないね。この和音を積極的に使って行きたくなったわ。」


原始人B「ところで、そのミ♭を上下にずらして、ド・レ・ソ♭が暗めで、ド・ミ・ソ♭が明るめの協和音かな?」


原始人A「相対的にはそうなるだろうね。実際聴いてみてもそんな印象は受ける。その和音を実際に使いたいかどうかは別としてね。」


原始人B「じゃあ、次に…六等分するには…12 / 6 = 2だから、半音2個ずつか。全部、全音だな。縦には並びきらないから横に並べていくか。」



いわゆるwhole tone scaleが現れた。


原始人A「これは、俺たちが最初7音scaleを発見するとき、基音(ド)の完全四度と完全五度を含まないからという理由で破棄したscaleだな。しかし等分が不協和を産み出すという原理からすれば、これはこれで使えるのかも知れないな。」


原始人B「さっきからお前にひとつ尋ねておきたかったんだが、音程関係を保ったまま平行移動させた場合、それは同じ種類の和音なのか?」


そう言うと原始人Bはお化けの和音(ド・ミ♭・ソ♭・ラ)の音程関係を保ったままいろんな音域で木琴を叩いてみた。



原始人A「俺には同じ種類の和音だと思える。」


原始人B「そうだな。音高によって響きの印象が違うことは違うが、同じ種類の和音のように聴こえる。言わば――これは同じ絵なんだな。音高によって、そこに使ってある絵の具の色彩が違うようには感じる。低いところは青色の絵の具、高いところは赤色の絵の具。だけど絵の具の色は違えど、同じ風景を描写してある。そんな感じだな。」


原始人A「お前にしてはうまいこと言うじゃないか!俺もそう思う。二等分すると不協和度が最大になることが身に染みてわかったところで、もう一つクイズ。ドとソ(3倍音)の中間の音は?」


原始人B「もう騙されないぞ。ドとソは半音7個だから2で割って…半音3.5個…え?無いのか、そんな音は。」


原始人A「そう。無いんだ。そして、仮にあったとしたら、それはミ♭とミの間にある音だ。ド・ソという和音に対して、ドからソまでにある音のなかで最も不協和な響きになる音だ。いままでの結果からそう推測される。」


原始人B「お前は、その音が使いたいのか?」


原始人A「さぁ…どうだろう。その音を使うってことは、つまりいまの1オクターブ12音を24音に拡張するってことだろ?それで得られるのは、不協和なサウンドだが、俺はすでにお化けの和音を手にしている。不協和なサウンドはこれで十分だと思えるんだわ。俺にとってはこれが十分合理的な最大限に不協和な和音なんだわ。だからわざわざ鍵盤の数を倍にすることもあるまい。」


原始人B「そうか。わかった。俺は、お前のクイズの続きを考えてみたよ。ドから数えて半音3.5個は、ミ♭とミの中間だが、その中間の音を左に移動させて、ド・ミ♭・ソにすれば暗めの和音、右に移動させれば、ド・ミ・ソという明るめの和音が手に入る。これはどうだ?」


原始人A「いいね。そこまでやるなら、ドと1/3倍音であるファについても二等分を考えてみなよ。」


原始人B「ドからファまでは半音5個。真ん中は半音2.5個。つまり、レとミ♭との間の音だな。この音も俺たちは持ってはいない。この左右の音について調べると…ド・レ・ファが暗めの和音。ドミ♭ファが明るめの和音。そういうことは言えるんじゃないか?」


原始人A「うん。まとめるとこうなる。俺たちは、まずドとドの間をニ分割した。等分したとき、お化けに(dimっぽく)なった。そこから真ん中の音を左にすれば暗く(minorっぽく)、右にすれば明るく(majorっぽく)なった。そして、得られた音を使ってさらに二つに分割した。」


原始人B「表にするとこうだな。」


1) ド・ソ・ド - major系
2) ド・ファ・ド - minor系
3) ド・ソ♭・ド - dim系 = オクターブニ等分


1a) 1)を左で分割 ド・ミ♭・ソ - major系minor風和音
1b) 1)を右で分割 ド・ミ・ソ - major系major風和音
1c) 1)を二等分 → ミ♭とミとの中間の音が存在せず。


2a) 2)を左で分割 ド・レ・ファ - minor系minor風和音
2b) 2)を右で分割 ド・ミ♭・ファ - minor系major風和音
2c) 2)を二等分 → レとミ♭との中間の音が存在せず。


3a) 3)を左で分割 ド・レ・ソ♭ - dim系minor風和音
3b) 3)を右で分割 ド・ミ・ソ♭ - dim系major風和音
3c) 3)を二等分 ド・ミ♭・ソ♭・(ラ) - dim系dim風和音 = オクターブ四等分


原始人A「あと、ドとドを3等分したときに出てきたド・ミ・ソ#も追加しておいてくれ。」


原始人B「これは、ド・ソ#を2等分して産まれたと考えられるか?ド・ソ#はド・ソ・ドよりさらに明るい響きがするな。ド・ドの二等分の音であるソ♭から半音二つも右側に移動してるからかな。これをaug系と呼ぼう。」


4) ド・ソ#・ド - aug系


4a) 4)を左で分割 ド・ミ♭・ソ# - aug系minor風和音
4b) 4)を右で分割 ド・ファ・ソ# - aug系major風和音
4c) 4)を二等分 ド・ミ・ソ# - aug系dim風和音 = オクターブ三等分


原始人A「そうやってaug系を考えるなら、major系のaug風みたいなのも意味あるだろうけどな。」


原始人B「ええと、こういうことか?」


1d) 1)をさらに右で分割 ド・ファ・ソ - major系aug風和音
2d) 1)をさらに右で分割 ド・ミ・ファ- minor系aug風和音


1d)はいわゆるCsus4の和音だ。彼らはこの和音の持つ特有の浮遊感を「major系aug風」であるが故だと理解した。それはあながち間違ってはいないだろう。確かに全体が明るく(ドに対するソの効果)ありながらも、ド・ミ・ソよりさらにmajorっぽい。いや彼らの言葉を借りればaugっぽいと言うべきか。


原始人A「うん。準備はすべて整った。では、このなかでお前が一番大切にしたい和音はどれだ?」


原始人B「1a),1b)の響きは捨てがたいね。2a),2b)もいい感じだ。」


原始人A「お前は協和している和音が好きだな!まあ、わからんでもないが。それじゃあ、俺が一番大切にしたい和音はこのなかのどれだと思う?」


原始人B「お前の音楽理論からすると、不協和とその解決を軸とするんだから、最も不協和である3c)だろう。」


原始人A「その通り!じゃあ、この3c)のド・ミ♭・ソ♭・ラというお化けの和音は、何故、俺たちの持つmajor scaleにもminor scaleにも出てこないんだ?俺はそこに激しい憤りを感じる。俺たちのメロディがmajor scaleかminor scaleで構成されていて、そのメロディに対する和音をメロディと同じ7音に制限した場合、このお化けの和音はどうやっても出てこない。冒頭で俺が話した、和音をメロディと同じ7音に制限したくないという理由はまさにそこなんだ。」


(つづく)