将棋方程式を発見した!


このタイトルの「将棋方程式を発見した!」はよくある誇大広告なのでそこは読者の方々の生暖かい目で見守っていただくとして、今回は、以下のエントリに触発されて将棋では序盤で玉を囲ったほうが何故有利なのかを考えてみた。

なぜ美濃や穴熊が堅いのか? をCOMが理解できると理想なんですが、
攻めるには、駒が何枚いるとか、そういう見積もりみたいなモノで、
囲いの堅さって評価できるもんなんですかねえ?

http://d.hatena.ne.jp/mkomiya/20080403

私は将棋はアマ三段程度の棋力*1しか無いので偉そうなことは言えないが、私は将棋と言うゲームを以下のようにシステマティックに捉えている。


1) 将棋の駒は、飛車・角を除けば、すべて移動が遅い駒である。(この点、チェスとは異なる) 話を単純化するために歩と金だけしかない将棋をイメージするとわかりやすい。


2) 1)により、普通は、持ち駒のない状況においては自分ののろのろした攻め駒を敵の王の周りにある守りの駒とゆっくりとぶつけていく消耗戦になる。


3) 将棋というゲームの性質上、駒と駒の一対一の交換は比較的容易できる。(例えば、角に角を合されたときに、その交換を避けようと思うと新たな代償が必要になるので交換を避けにくいなど。)


4) 玉周辺の駒と交換されて、この駒を玉頭付近に打ちこまれると損である。


5) 2),3),4) により、敵はこちらの攻め駒に対して何層かから成る壁を作って、なるべく外壁の駒から順番に交換させるようにする。このときの壁のことを将棋では「厚み」と呼ぶ。


「厚み」という概念は、普通将棋では、玉の上部に関してのみ言うが、ここでは概念を拡張して、横方向に対する外壁も厚みと呼ぶことにする。


6) 厚みを構築する場合、玉は、なるべく端に位置しているほうが良い。


例えば8八に玉を配置して厚みを構築するなら、敵からの攻めは上部と右側からの攻めに限定できる。玉を5八に囲って厚みを構築しようとすると上部と左右の攻めに対する厚みを構築する必要があって、守りの駒の効率が悪くなる。*2


以上の結論から、厚みを構築するときの玉の配置場所を盤面左下付近として、以下の四か所の候補から考えてみる。


・9九

なるべく端ということなら、9九の地点が最有力だ。これは穴熊と呼ばれる。上部か右側から敵に攻められるわけだが、左側や下側には空間が無いので、近くまで攻められた場合、そこから逃げ出す経路がない。よって逃げ道を確保しておくのは全くの無駄で、玉の周りには自駒を密集させて駒を隙間なく詰めておくほうが良いというのがわかる。


・9八

9八は米長玉と呼ばれる。香の上に配置するので上部からの攻めに対して香一本分、損である。側面からしか攻められないならその差は無視できるのだが。


・8九

もともと桂のいる場所なので、桂をどかさないとここには囲えない。トーチカ囲いとかミレニアム囲いとか呼ばれる。桂をどかせると、桂頭を狙われたりしてそれを守るための守備駒が必要になって駒効率は思ったほど良くないと思う。


・8八

矢倉囲いや美濃囲いなどこの位置が定位置とされる。この形について突っ込んで考察する。


この位置は上部と右側とからしか攻められる心配がない。敵は上部から攻めるか、右側から攻めるか、あるいは両方から少しずつ攻めるかを選択できる。よって、退路(7九の地点)を塞いでしまうと端から攻められて、逃げられない。ここを序盤で敵に端からの攻めの可能性があるときに塞ぐのはマイナス。


飛車を打ち込まれたときのために王の横には厚みを作っておきたい。どうやって作るかだが、上部が薄くなるといけないので玉頭(8七)に利かせるためには、7八には金か銀を配置するしかない。


■ 7八金型


7八金めがけて敵の駒がのろのろと来た時にその駒をとりかえせたほうが良いと考えるなら、7八金に紐をつける8七銀(銀冠)か6七銀(雁木)か6八金である。8九の地点は初期陣形で桂が居るのでここは除外する。


7九銀は退路が塞がるので嫌だし、6九銀などはその銀自体が浮きごまになるのでそちらを狙われる。


初期陣形の角筋を避けようと思うと6八金は無くなって、結局、8七銀(銀冠)か6七銀(雁木)になるが、相手が居飛車の場合、飛車先から攻めてくるのでなかなか8七銀型には組めず、6七銀型は飛車先の交換を防ぎにくいので、結局、嫌々ながら銀は7七に移動させることが多い。これが矢倉の原型である。


なお、玉付近の守り駒にこのように別の駒を利かせておくのは、厚みを築くときに有効である。受け方としては厚みの外側から削って行って欲しいのだが、場合によっては玉近辺の駒を直接はがされることがある。そのときにその駒に利きがあれば取り返せる(擬似的に外側から削られたと考えることが出来る)からである。


■ 7八銀型


7八を銀にするなら、さきほどと同じ発想でこの銀に紐をつけたい。もう一枚の銀をこの付近まで運ぶのは手数がかかるので、もう一枚は金をつけるとする。6九金・6八金・7九金だが、6八金は金が浮き駒になるし、7九金は退路が塞がるのでマイナス。結局、6九金しかない。これが美濃囲いの原型である。



◆ まとめ


このように、厚みを構築するという概念から囲いが必要な理由が説明出来る。また、厚みという尺度で、囲いの固さを評価できることがわかる。


ここで、厚みという概念を玉に対してだけではなく、敵の大駒などに対しても適用できるように概念を拡張すると「位取り」も一種の厚みの構築であるという図式が見えてくる。駒の交換は「厚み」の削り合いであり、手駒によって厚みの内側から崩せる可能性が出てくるので手駒の価値は厚みを削る能力と換言できる。また「厚み」に貢献していない駒は無駄駒であり駒効率が悪いと捉えられる。将棋の終盤は手駒が豊富であり、自玉の厚みの再構築のための自陣への投資および、敵の厚みの内側からの切り崩しを繰り返し、先に敵の厚みを削りとったほうが勝ちである。


もし将棋方程式のようなものがこの世に存在して、一元的なパラメータで優劣を評価できるとしたら、それはこのような「厚み」の概念ではないかと私は思っている。*3


私は「位取り」や「厚み」の重要性は将棋初心者のころには全く理解できなくて苦労した経験があるので、現在の私の視点で昔の自分に説明するならこんな感じかなぁと思って書いてみた。

*1:マイコミのオンライン認定では五段だったが、実際は三段ぐらいしかないと思われる。

*2:5八に玉を配置したまま戦う中住まいという戦型もあるが、これは広さ/バランスの良さに重きを置くのであって、厚みを構築するという戦い方ではない。

*3:コンピュータ将棋で、玉の固さを計算する評価関数を書くとき「玉の8近傍の味方の駒の利き」などとするのは、あまり正確なモデル化ではないことがこの厚みの概念からわかる。敵の攻めてくる方向、例えば自玉が8八に居るなら上部と右辺)に対する厚みが主な関心事で、9九の地点に金が配置されていてもこれがほとんど何の役にも立っていないことは明らかである。つまり、玉の固さというのは、王周辺の駒配置が全く同じでも、玉の盤上の位置に大きく左右されるのである。これが正しく理解できていないと間違った(あまり妥当ではない)モデル化をしてしまう。つまり、王が左下に居るなら、右と上に対する厚み、王が入玉して左上に居るなら右下に対する厚みが重要になる。