やねうらお将棋講座 その2


前回(→ http://d.hatena.ne.jp/yaneurao/20110603 )の続き。


今回は、玉の安全度についての考察。


■ 玉の安全度とは?


玉周辺に金や銀などの駒がたくさんあるほうが「玉は固い」と言われる。


対して、玉の退路が確保されているほうが良いとも言われる。これは「玉の広さ」である。


つまり玉の安全度を見極めるためには、固さ(玉周辺に駒が密集していること)と広さ(玉の退路があること)という一見すると相反する二つの概念が必要になる。


従来の将棋の入門書などではこの二つの概念が相反しているため、うまく言語化できておらず、それゆえ、「優秀な囲い」(矢倉囲い・舟囲い・美濃囲いetc…)をサンプルとして提示されるに留まることが多かった。


しかしそのような代表的な囲い以外の形や、囲う前段階の形については評価軸が与えられていないため、初心者はそれらの形が良いのか悪いのかを判断できないことが多かった。


そこで、ここでは、囲いの形として覚えるのではなく、玉の退路という観点から囲いの優秀性を言語化し、あらゆる玉形に対応できるようにする。


■ 広さの定義


普通「広い」と言うと玉が自由にあちこちに移動できることを意味するように理解してしまう。しかし、将棋ではそういう意味の「広さ」が必要なのではない。


例えば次の局面を見てみよう。



この局面、先手玉は左に4マス。右に3マスも進める。広さで言えばすこぶる広い部類に入る。


しかし、この局面が
・後手番
・後手が飛車をもう一枚持っている
・先手の手駒はなし
だとすると、18飛打で1手で詰んでしまう。すこぶる広いのに1手で詰んでしまう。


つまり、左右にたくさん移動できるような「広さ」が玉の安全度に寄与していないことはこのことからも明らかで、「広さ」の定義自体を我々は考えなおす必要がある。


■ 遠方駒の存在


将棋には遠方に利く駒として飛車・角・香の3種類の駒がある。香は飛車の劣化版とみなし、ここでは飛車・角についてのみ考える。飛車は十字方向にいくらでも進める。角は斜め十字方向にいくらでも進める。


さきほどの局面で1手で詰まされてしまったのは、飛車という駒のこの「いくらでも進める」という性質によるものだ。


この飛車・角の存在ゆえに、玉の退路として、同じ方向に複数マス移動できるような広さは、あまり玉の安全度に寄与していないことがわかる。


■ ベストはジグザグ


次の局面はどうだろう。




さきほどの局面より左側は明らかに狭い。マス目は桂で塞がれている。しかし、さきほどとは異なり、後手が飛車をもう一枚持っていても1手詰めにはならない。


つまりさきほどよりこれはいい形なのだ。


さきほどの局面は先手玉は左に4マス、右に3マス移動できた。しかし退路として見たときに、同じ方向への連続的な移動なので、左に4マスとは言っても実質的には1マス分の価値しかなかったわけだ。右に3マスというのも、同じく1マス分。さらに、玉の左と右というように空いているマスが直線状になっているので、さらに減点。4マス+3マスで7マス分どころか、トータルでも1マス分程度の価値しかなかったわけだ。1手で詰まされるのも無理はない。


それに対して後者の局面は、玉は左下に移動したあと左上→左下→左上というようにジグザグの退路が確保されており、実質的にも玉の左側には4マス程度の広さがあると考えられる。さきほどとは比べ物にならないのだ。


■ 斜め方向の広さ


次の局面について考えよう。



玉の右上が空いているので少し広くなったように見えるが、本当にそうだろうか?


この局面が仮に
・後手番
・後手の持ち駒は、角・金
だとしよう。


47角、同桂、48金。あるいは47角、49玉、38金で詰んでしまう。
すなわち、玉の右上が空いていることが安全度に寄与していない。寄与していないどころかマイナスになっている。


これはさきほどの例の応用だ。玉の退路(左下のマス)があっても、玉の右上のマスが空いていると、そこから角を打たれて退路が活かせなくてマイナスになるということがわかる。


すなわち、
・玉の左下の退路に対して右上のマスが空いているのは(相手が角を持っているなら)マイナス。
・玉の左の退路に対して右側のマスが空いているのは(相手が飛を持っているなら)マイナス。
・玉の左上の退路に対して右下のマスが空いているのは(相手が角を持っているなら)マイナス。
であるとわかる。


ここまでのまとめ。
・退路のためのマスが空いていることは重要だが、その逆側のマスが空いていることはあまりプラスにならない。
・理想の退路はジグザグ。


■ 矢倉の形の良さを数値化してみよう


いま77角成と後手から角を交換された局面。




この77の馬を先手は何で取ると良いか。取り方は3通り。同銀・同金・同桂がある。


まず玉の広さについて考えると現在の広さは右側は数マス移動できるが、がら空きなのが安全ではないことはさきほどの例からも明らかで、右側は1.3マス分ほどの価値しかない。


現在、玉の左側は左に1マス行けるのみ。しかし、退路(左)の反対側のマス(右側のマス)も空きなので、左側のマスの価値は少し減点して考える必要がある。ゆえに、トータルで2マス分ぐらいの価値。


・77同桂と取った場合


玉の左に、左→左→左上と3マスの移動が出来るようになる。しかし、左→左という同一方向への連続した退路はさほどプラスにならないことはさきほどの例からも明らか。この場合、右が1.3マス、左が1.3マス分ぐらいの価値しかなく、退路(左)の反対側である右側が空きなのでこれまた少し減点してトータルでは2.3マス分ぐらいの価値。


・77同金と取った場合


玉の左上と左に退路が出来るが、玉の左上と左という2マスが空いているのは広くなっているとは言いがたい。左側が1.1マス分ぐらいの価値。右側が1.3マス分ぐらいの価値。玉の左上・上・右上のマスがすべて空きで、風通しが良いので、大きく減点。トータルでは1.8マス分ぐらいの価値。


・77同銀と取った場合


玉の退路が左→左上→左と3マス確保される。このジグザグ移動に特に加点。また、最下段(9段目)から左上への退路は特に有効。なぜなら、玉の斜め下(10段目)から角を打つような手がないので、敵の角が機能しにくいからだ。


ゆえに、左側に3マス分、右側に1.3マス分ほどの退路がある。玉の退路(左のマス)の反対側である右側のマスも空きなのでこの分はマイナスして、トータルで3マス程度の価値。


■ 美濃囲いの急所を玉の退路という観点で捉えよう


次図は48歩と後手が歩を打ったところ。



初心者のうちは、この歩の意味がよくわからないが、ここまでの退路の話を理解していれば、この歩の価値がわかる。


1) この歩を同金左と取ると、玉の左にあったジグザグの退路が失われ、左側は左下1マスしか行けなくなってしまう。


2) では同金上と取るとどうなのか。この場合、玉の退路が左下→左→左と同じ方向への退路になってしまう。ジグザグの退路とは異なり、これでは退路の価値は半減以下。敵の飛車が9段目にあると39角からいきなり詰むかも知れない。


3) 39金と逃げるのは左側の退路が0マスになる。


4) 59金右と逃げるのは退路は左下→右上と2マス確保されているが、金が玉から離れるマイナスもある。


5) この歩打ちには手抜きをして49歩成に同銀とした場合、退路という観点ではそれほど悪くないが、歩と金の交換で大きく駒損する。


というように退路という観点から見るとこの歩打ちは大変良い手であることがわかる。


■ まとめ


玉の安全度を玉の退路という観点から捉え直した。将棋の遠方駒の特性(飛・角)から、どういう退路が望ましいのかを考えた。


これにより、崩れた囲いや、囲いの途中の形についても言語化して考えることが出来るようになった。また囲いを崩すための指し手について、退路という観点からその指し手の意味を理解することが可能になった。


手前味噌ながら、従来の将棋の入門書などでは言語化できていなかった部分を言語化できた功績は大きいと思う。


また、余談ではあるが、現在トップ集団に位置するコンピューター将棋ソフトのBonanzaの評価関数では、3駒関係の評価をしているが、3駒関係ではここで説明した退路の有無が適切に評価出来ているとは言いがたい。


例えば、Bonanza系の将棋ソフトで入玉模様の将棋が弱いのも上への退路が適切に評価できていないことに起因する問題であり、ここで紹介したような退路を評価関数に加味してやることでBonanzaはさらに強く出来ると私は考えている。