何故私は駒得のみの評価関数の将棋に魅せられるのか


駒得のみの評価関数の将棋ソフトとして私が作った「ひよこ将棋」がある。将棋ソフトの開発者のなかで「ひよこ」と言えば「駒得のみ」の代名詞ともなっているぐらいである。私は駒得のみの評価関数の将棋ソフトに命をかけていると言っても良い。


駒得のみということは、評価関数の学習のために人間の棋譜を用いていないし、評価関数もあってないようなもので、純粋に探索のみでどれだけの強さになるのかという指標としての意味がある。


「でも駒割の点数は棋譜からの学習を使ったのでしょう?」と言われそうだが、先日公開した「駒得のみの評価関数にしたやねうら王」では点数は私が適当に決めた。角と馬との点数の差は300点である。飛車と龍との点数の差も300点である。本当、テキトーである。


それでもそこそこ強く、コメント欄にもあったように、いまどきのPCで対戦した場合、3分切れ負けであれば、将棋ウォーズ3段程度ではなかなか歯がたたない。5年ぐらい前のオンボロPC持ってきて「勝てました」とか言ってる奴は、ちゃんと最新のPCでやってみて欲しい。(できれば16コアのPCで…)


当然のことだが、ソフトの棋力というのはPCで変わる。駒得のみのやねうら王であれ、5年前のオンボロPCと最先端の16コアのPCとではR400ぐらい違ってくる。これくらい違うと(アマチュア初段ぐらいにとっては)飛車一枚ぐらいの差であり、めっぽう違うのである。5年前のPCでやって、「確かに弱いっすねー。駒得だけだと人間相手だとこんなもんっすかねー。」とか言ってた人も、最新のPCで対戦すると「何これ?これが同じソフトっすか?どう見ても別人(別のソフト)じゃないっすか…」などと言い始める。


自分より「弱いか」「強いか」でしか推し量ることの出来ない人たち(ほとんどの将棋ファンはそうなのだが…)にとっては、自分より弱いソフトと自分より強いソフトとが同一であるとはなかなか思えないものだ。しかしその見方は間違っているのである。強さはPCの性能だけでも大きく変わるのである。


そもそも何故私はこんなにも駒得のみの評価関数の将棋ソフトに魅せられるのであろうか。


話は25年ぐらい前に遡る。当時はファミコン森田将棋が発売されたばかりで、近所の駄菓子屋にいくと店主のおっさんがファミコン森田将棋をしながら店番をしてたりしたわけだ。そのおっさんは、「森田将棋よえーなー。こりゃ、(森田将棋が)百万年考えても俺には及ばんなー。」とかブツクサ言いながらやっているわけである。


私は子供心に、その考え方は間違っていると思ったわけだ。


当時、森田将棋でもnpsは10kぐらいは出ていたはずである。100万年と言うと、探索できる局面数は、864T(テラ)局面(864000000000000局面)である。人間はプロ棋士でも1秒間に100局面すら読めない。圧倒的な差である。


「燕雀 いずくんぞ 鴻鵠の志を知らんや」という言葉がある。この言葉は「ツバメやスズメのような小さな鳥にどうしてオオトリやクグイのような大きな鳥の志が分かるだろうか。小人物には、大人物の大きな志は分からない。」という意味で使われるが、同様に、1秒間に100局面すら読めないような人間が、駒得のみの評価関数であれ864T局面も読んだときに、どういう指し手になるか、その振る舞いを事前に予想することは不可能なのである。それこそ人智を超えているのである。当然棋力のある人が見れば、その演算の結果、指された指し手の意味について思いを馳せることは出来るし、その指し手がどれくらいの棋力の指し手であるかを評価することは出来るのだが。


やねうら王の場合、駒得のみであれば16コアPCで秒間20Mノードほど読めるので、500日ほどあれば森田将棋の百万年分ぐらいになる。言うまでもなく森田将棋は駒得のみの評価関数ではないので同じノード数を読んだときに森田将棋のほうが強いわけである。(探索技術の差はあるが、評価関数の質が違うのでそこは無視できる。あと、置換表用のメモリはそこそこあるものとする。)


ということはすなわち、
森田将棋の百万年考えたとき >>> 駒得のみのやねうら王が500日考えたとき >>> 駒得のみのやねうら王が10秒考えたとき >>> ウォーズ3段
という不等号が成り立つので、森田将棋が百万年考えるとアマ三段程度では到底太刀打ち出来ないということになる。そのことを駒得のみの評価関数のやねうら王が昨日、証明したわけである。たぶん森田将棋を百万年考えさせると、余裕でプロレベルに到達するだろう。


事ここに至っては「下手の考え休むに似たり」ではないのである。百万年分の「下手の考え」はプロをも凌駕するのである。


ちなみに、上で書いたその駄菓子屋はすでに取り壊され、不動産屋になっている。あの駄菓子屋のおっさんを駒得のみの評価関数の将棋ソフトで打ち負かすのが私の積年の思いであったが、どうやらそれは叶いそうにない。