確率の夏


だいたい7月も下旬になるとどこの学生も夏休みに突入するせいか、オンラインゲームの人口密度が一気に増える。オンラインゲームのプレイヤーにとっては思い出深い季節でもある。


そんなわけで今日は少しオンラインゲームの話を書いてみたいと思う。


いま仮に、MMORPG型のオンラインゲームにおいて、敵を倒すと何らかのアイテムをドロップ(落とす)するとしよう。つまり、ワールド(世界)のなかにアイテムが新たに誕生する。


このようにしてこの世界に生成されたアイテムは、どこかで消滅しなければならない。新たなプレイヤーの参入がなく、同じアイテムが生産され、もしそれが消費されなければそのアイテムがだぶついてくるからである。


NPCに売ることが出来るようになっているゲームもあるが、なんでもかんでもNPCに売るしかないようなゲームデザインにしてしまうと、アイテムのトレードをする動機がなくなってしまう。


そこでアイテムは、もっと真っ当な手段で消滅されなければならない。たとえば、何十個集めると別のレアアイテムと交換できるだとか、武器や防具の精錬という仕組みを導入して、精錬に失敗(これは確率的に判定されるものとする)すれば精錬に使った魔石と精錬していたアイテム(武器や防具)が消滅するという風に設計するだとか、下級装備を精錬のための餌として食わせて上級装備のレベルを上げさせるだとか、いろいろなデザインが考えられる。このへんは、ゲームデザイナーの頭の悩ませどころである。


つまり、生成されたものは真っ当な方法によって解体されなければならない。熟練したC++プログラマーがコンストラクタで使用したリソースがデストラクタで開放されている確認を怠らないように、熟練したオンラインゲームプレイヤーは、新しいゲームを始めるに際して生成されたアイテムがいつどうやって消費されていくのかに真っ先に着目するものだ。


うまい解体システムというのは、そのアイテムが効率的に消費され、かつ汎用性がある(特定のプレイヤーのみに役立つなどではない)ことである。典型的な例としてはディアブロの宝石の合成であり、そしてラグナロクの武器・防具の精錬である。合成/精錬に成功すればワンランク上の宝石/防具が得られる。合成/精錬に失敗すれば合成に使ったアイテムおよび材料・精錬手数料(ゲーム内通貨)等は失われる。


この合成や精錬の成功確率というのは公開されているとは限らない。運営が気分次第で変更することもあるのだろうが、MMORPGではそのへんの確率を変更するというのは滅多に行われない。そこを変更してしまうと合成/精錬アイテムの価値自体が変動してしまうからである。


たとえば3,000万円を貯めてマイホームを買おうとコツコツと貯金していた人がある日を境に土地の値段が3倍になったらどうだろうか。やってられないだろう。このようにゲームの最終的な目的にも位置する高度な合成/精錬アイテムの価値が揺らぐような大きな変更を運営がすると結果としてプレイヤー離れにもつながるのだ。


そこで良識的な運営は合成/精錬の確率をユーザーに見えないような形でこっそり変更したりはしない。(その点ソーシャルゲームはドロップ率を日ごとに変更しているものもあるようで、パチンコじゃないんだから…と思わなくもないのだが。)


さて、確率によって合成/精錬がなされるというところまで話が進んだ。次はその確率を求める話である。


ラグナロクを例にとろう。ラグナロクでは防具のエルニウムによる精錬確率は+1〜+4までは100%。+5が70%。+6,+7が50%、+8、+9が30%、+10が20%である。+7の防具を+8にしようと思うと30%の確率でしか成功しない。無精錬の防具を+10にしようと思うと
70%×50%×50%×30%×30%×20% = 0.315%
の確率でしか成功しない。


これらの確率は公開されているわけではなく、ユーザーが数多く試行した結果、これだろうということで周知のものとなっただけで、運営が公開しているデータではない(と思う)。


この数値を見てもわかるように精錬確率は先細っていくし、精錬に失敗すればまた無精錬→+1からやりなおしなので、+9→+10の精錬確率を調べようと思ったときに、数多く試行するのは極めて困難になる。大量の精錬アイテム(エルニウム)および大量の防具が必要になるのだ。


「確率なんか調べなくてもいいじゃないか」と言われるかも知れない。ところが、オンラインゲームのプレイヤーにとってはこの部分が死活問題でありうるのだ。


たとえば、精錬された防具をトレードしようと思ったときにいくらで売るべきなのか?これは当然精錬の期待値ぐらいの値段であるべきだ。ところが精錬の成功確率がわからないとこの期待値自体が求められない。目分量で売るしかなくなってくる。


かつて私はこの精錬に似た仕組みのあるとあるオンラインゲームで精錬確率を大規模な統計を取って調べ上げた結果、周知の確率とは異なることを突き止めた。


そこで、誤った期待値に基づいてトレードされているアイテムを買い求め、そしてそれをいくらか精錬してそしてそのアイテムを販売することによって利ざやを儲けることに成功したことがある。この方法でゲーム内のお金をある意味、無限に儲けることが出来た。


この「いくらか精錬して」というくだりは、精錬せずに転売しようにも周知の確率から計算される期待値と一致していたのでは誰も欲しがらないので、いくらか精錬して、


周知の確率から計算される期待値 > 実際の期待値


という等式が成り立つ状態にしてから転売するという意味である。


さて、このように無限にゲーム内のお金が儲かろうが、オンラインゲームをやらない人にとっては「所詮ゲーム内のお金だろ?」ってことになると思うのだが、いまやオンラインゲームはRMT(リアルマネートレード)と密接に結びついていて、これがリアルマネーに換金できたりする。ああ、私はちなみにそのゲームでは換金していない。そのゲームに大変ハマっていたので換金するどころか、自分のリアルマネーでそのゲームのゲーム内マネーを買いたいぐらいだったのだから。


「精錬の成功確率を求めること」はゲーム攻略と切っても切れない関係にあることはここまでの話で十分理解していただけたと思う。


ではこの部分をもう少しだけ突っ込んで話そう。


確率を推定する方法については統計学の教科書でも見ていただくとして、成功確率が50%±5%だとわかるのと、5%±5%だとわかるのとでは全く意味が違う。前者は10%程度の誤差率だが、後者は100%程度の誤差率である。つまり確率が低い事象にとってはわずかな差でも大きな誤差率となるので確率がもともと低い事象の場合、誤差率を小さくしようと思うとその確率を推定するには非常に多くの試行回数が必要となる。


この試行のためにゲーム内のアイテムが大量に必要になって(精錬数が上がると成功確率が低下していくモデルになっている上に、精錬に失敗するとまた最初からやりなおしなので)、実質的に正確な推定は不可能であることが多い。


ソーシャルゲームの場合だとさらに悪いことに、試行自体に課金チケットが必要になったり、極めてレアなアイテムが大量に必要だったりする上に、確率を運営側が毎日変更しているかも知れない。そういう意味ではソーシャルゲームとは(その部分に関しては)攻略不可能なゲームに属すると私は思う。


結局のところ、運営側にしてみれば成功確率「1%」と設定しているところを「0.5%」と変更する手間は極々わずかなのに、それに対してプレイヤーがこの成功確率が変わったことをブラックボックステストによって推定する手間は計り知れない。このような運営とプレイヤー間の非対称性が確率の推定作業には内在している。


普通、作り手が何十人という人数で長い期間かけて開発したものをプレイヤーは数時間で遊び尽くしてしまうが従来型のゲームであるのだが、こと確率の推定に関しては運営がわずか数分で設定した成功確率の推定をプレイヤーは本当に長い期間をかけて調べ上げなければならない。


それゆえ、このようにプレイヤーに極めて負担をかける部分が非公開情報になっているのは、もっと批判されて然るべきだと私は思うのだが…。


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