電王戦第三局について思うこと


※ いま14時。電王戦第三局の決着がついていない段階でこの記事を書いています。


YSSは序盤に時間を使わなさ過ぎる。これは電王トーナメントのときにも思っていた。開発者が自己対戦での勝率を上げるようにチューンしていくと、序盤で時間を使っても勝率は下がるのだ。この理由はいろいろあるのだが、主な要因としてソフト同士だと序盤は定跡の進行になりやすいというのがある。自己対戦だと特に、定跡を抜けたあたり(30手目付近)に時間をそんなに使っても、優勢な局面に持ち込める確率は低く、終盤のねじり合いのところに時間を残したほうが頓死などが減り、勝率が上がるのであろう。


だから、開発者は普通は序盤に時間を使わない方向でチューンしてしまう。私は、人間相手の対戦ではこれは全くの間違ったチューンだと思っている。(※ ソフト対人間の対局データが大量にあるわけではないので、これは私がそう思っている(信じている)という話であり、実証されているわけではないので、「そういう考え方があるのか」ぐらいにご理解ください。)


実際、今回の第三局でも序盤早々、定跡を抜けたところで62玉と指してしまった。これが大悪手である。


※「62玉が何故悪手だと言えるのか」に関しては、もしかするとプロ棋士の間でも見解がわかれるのかも知れませんが、電王トーナメントのときにYSS vs N4Sでこの形が出て(N4Sは棋力的にはYSSより弱いソフトなので咎めきれなかったかと思いますが)、そこに居合わせた、プロの先生がこれは駄目ということをおっしゃっていたはずです。また、Ponanzaでも62玉の局面で先手400点ぐらいの点数になるそうです。新しいやねうら王(現在、将棋倶楽部24でR3160 by 5万円PC)でも時間をかけて探索させればやはりこの局面はそれくらいの点数(先手良し)になります。


YSSでも、もっと時間をかければこんな大悪手は指さないはずだ。おそらく、対戦相手の豊島七段は貸し出し時にこの手順を見つけていたのだろう。やねうら王ならば局後学習があるので、こういう序盤早々に人間側の研究手順にハマり、劣勢になることはまずありえない。(実際、将棋倶楽部24に新バージョンのやねうら王を流しているが、序盤の立ち上がりにおける弱点はいまだ発見されていない。一切従来の将棋の定跡を入力していないにも関わらず、である。)


やねうら王の局後学習が今回の電王戦第二局で効果に乏しかったのは、対戦相手の佐藤紳哉六段がそういう特定の局面に持ち込んでハメてやろうみたいなファミコンのゲームでも攻略するかのようなことをされなかったからだ。佐藤紳哉六段がある意味、正々堂々と、そして潔く真正面からぶつかってこられた結果なのだ。もし、佐藤紳哉六段が特定局面に持ち込んで勝とうとしていたなら、「やねうら王、最初はハマりパターンを見つけたんですけど、次の対局ではそれが使えなくなっていてこのソフトは進化するんだなと驚きました」というコメントをしていたことだろう。


ともかく、このYSSは今回の電王戦版のやねうら王よりいくらか強いはずだと思うのだが、序盤で時間を使わなさ過ぎるという戦略上の失敗と、相手の研究にハマりやすい(その部分においてきちんとした対策をしていない)という点、そして、豊島七段がこの穴をきちんと事前研究で見つけてしまった(?)という三つの悪条件が重なってしまい、もはや勝負の形を成していない。本譜のような進行になると事前にわかっているなら豊島七段ほどの棋士でなくとも、楽に勝てるだろう。


そういう意味では、やねうら王の序盤に湯水の如く時間を投与するという作戦および、局後学習という手法がいかに人間相手の戦略として正しかったのかということが今一度評価なされてもいいんじゃないかと思う。そして、「局後学習が意味をなさなかった」という第二局において、佐藤紳哉六段がいかに潔く真正面からぶつかっておられたのかという点も、もっと高く評価がなされるべきだろう。


※ 上記の記事は対局が終わっていない段階で書きましたが、局後の豊島七段の発言で上の記事には事実誤認があることに気づき、また、私の考えが変わったので以下に追記してあります。本記事にコメントするなら必ず末尾までお読みください。



※ 以下の記事は局後に書きました。


上記の記事は、第三局の対局がまだ中盤ぐらいのときに書いたものであり、局後の豊島七段の話を聞くとまた私の印象も変わってきます。


豊島七段クラスの棋士が、事前に本気で大量に対局をこなせば、「特定局面に持ち込んで…」みたいなことを狙わなくとも、「どういう変化になってもそこそこやれる」みたいな序盤の手順を導きだすのは難しいことではないのでしょう。であれば、今回の対局も、特定のハマり局面を狙ったわけではなく、普通に戦った結果なのだと思います。


そう考えると、YSSが62玉のところできちんと定跡を入れてあったとしてもそれはさほど役に立つものではないので、私が「ちゃんと定跡入れておけよ」と言ってもそれは的外れな意見でしょう。


電王トーナメントのときにYSSの作者の山下さんに直接お聞きした話では、「最近は(コンピューター)将棋より(コンピューター)囲碁のほうに興味が移ってしまっていて、将棋のほうはあまり力を入れていない」とのことでした。また、今回の電王戦の記者会見のときに直接お聞きした話では、「指し手がばらけるように指し手のオーダリング等にも乱数を入れている」とのことでしたので、手間暇をかけて定跡を強化するよりは定跡を早めに打ち切ってそのあとの乱数調整で勝負したほうが良いという判断をされていたのでしょう。


まあ、それが本局では結果的には実らなかったわけですが、それは豊島七段の事前研究と腕力が圧倒的だったからで、このクラスの天才を前にするとソフト側は並大抵の作戦ではどうにもならないということが本局で判明したとも言えます。


ちなみに、ソフト側が定跡を早めに打ち切るのは、定跡を抜けた局面で不利になるような定跡を入れてしまっていることを回避するためで、今回のような貸し出しありのときの対策としては常識の範囲内です。本局のように定跡を抜けた直後にソフトが悪手を指してしまうことがあるので、その場合は定跡として正しい指し手が入力されているほうが良いには良いのですが、開発者はプロの将棋指しではないので定跡を編集するのは技量的にも困難であり、現実的にはこのへんはなかなか難しいものがあります。


また、事前貸し出しのルールは、プロ棋士側に負担をかける悪いルールだったと私は思います。貸し出された以上、事前研究していないとサボっているかのように言われますし、3,4ヶ月研究のために時間を費やすわりにはプロ棋士のギャラは安いので(具体的な額はここに書けませんが、2chでよく書かれている額よりずいぶん安いです)、出場する棋士は割りに合わないのではないかと思います。ギャラの問題として論じるつもりはありませんが、今後の電王戦ではプロ棋士の本業(プロ棋戦)に影響がでないように、もう少しプロ棋士側の負担を減らしてあげて欲しいと思います。


※ 追記がごちゃごちゃしていたので整理しました。整理する前の内容に対していただいたコメントは紛らわしいのでいくつか削除しました。あしからずご了承ください。[2014/3/30 9:30]


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電王戦第3局 豊島七段とYSSの観戦記(山本一成とPonanzaの大冒険)
http://ponanza.hatenadiary.jp/entry/2014/03/29/212500


電王戦第三局 豊島将之の用意周到、あるいは「アンチコンピューター戦略」をめぐって(ものぐさ将棋観戦ブログ)
http://blog.livedoor.jp/shogitygoo/archives/51936178.html
電王戦第三局記事の補足、修正(ものぐさ将棋観戦ブログ)
http://blog.livedoor.jp/shogitygoo/archives/51936228.html
電王戦第三局記事の再補足(ものぐさ将棋観戦ブログ)
http://blog.livedoor.jp/shogitygoo/archives/51936446.html


第3回電王戦第3局 YSSのログを調べてみました(遠山雄亮のファニースペース)
http://chama258.seesaa.net/article/393121509.html