日本コンピュータチェス協会(JCCA)について私が知っている100のこと(3)
馬場さんの話で思い出深いのは次の話だ。
「コンピュータはあと2,3年で、ムーアの法則通りに進歩しなくなる。そうなったときにコンピュータ将棋はハードウェア化するしかなくなる。僕は標準論理ICを組み合わせてコンピュータ将棋を作ることを考えている。」
当時の私は、真っ向からその考えを否定した。
CPUはまだまだ速くなる。コンピュータ将棋の探索は複雑な処理だから、標準論理ICなんかでやろうと思えばとても大規模になる。そんなことは現実的ではない。コンピュータ将棋がハードウェア化されるようなことは絶対に有り得ない、と。
それを聞いた馬場さんは顔を真っ赤にして怒って、私と馬場さんはからふね屋で大喧嘩である。
15年以上前にしていた将来に対する予測をこういう形で振り返って書くのは卑怯な気がしないではないが、公平に見て、PCはムーアの法則通りに進歩した。コンピュータ将棋的にはボトルネックとなりうるメモリアクセス速度があまり改善されていないので、順調な伸びかと言うとやや疑問の残るところだが。
一方、「コンピュータ将棋がハードウェア化されるようなことは絶対に有り得ない。」と言い放った私が、いまコンピュータ将棋の思考ルーチンをハードウェア化(FPGA化)しようと躍起になっている。何ともドラマチックな展開だ。
話を当時に戻そう。
しばらく馬場さんと話していると、私がNASA(?)からのスパイではないことがわかったのか、JCCAの会誌の最新号を見せてくれた。「これを読めば最強のコンピュータ将棋が作れる」らしかった。内容的には、コンピュータ将棋の進歩みたいな内容だったと思う。
当時の私は、「そんなものはいらない」と思った。大喧嘩したあとだったこともあってか、私は「こんなものは何の参考にもならない」と馬場さんに言った。最後の砦(?)を真っ向から否定された馬場さんは肩を落とした。
私は当時のコンピュータ将棋をとても陳腐なものだと考えていた。いま振り返ってみても、当時のコンピュータ将棋はコンピュータチェスの技術より大幅に遅れていたように思う。だから、当時のコンピュータ将棋の技術には全く興味がなかった。その考えを改めることになるのは、ずっと後になってからである。
私の馬場さんの印象は
・対人面でとても問題のありそうな人だ
・「JCCAを守らなければ」(どう守るのかは知らないが)という脅迫観念の持ち主だ
・それでいてエネルギーに満ちあふれている人だ。(一部、負のエネルギーっぽい部分もあったが。)
だった。
昨日の日記にコメントいただいた
記憶にあるのは、突然馬場さんが自宅を訪ねてきたことで(私の住所は関東地区?)、
聞くと本を送っている人の家は皆訪ねているとの事でした。
なんかにも馬場さんの性格がよく表れていると思う。
その後、馬場さんとは何度か長電話をした。電話で喧嘩をしたりもした。ある日、JCCAのパソコン通信のホスト局が出来たので遊びに来て欲しいと言われた。
JCCAのホスト局に接続すると、金沢将棋の金沢さんや、AI将棋(YSS)の山下さんがいた。
JCCAのホスト局にもあまり興味はなかったので私は数回アクセスしたっきりだ。
馬場さんはアクセスしなくなった私のことを気遣って、JCCAの会誌を送ってきてくれた。同封されていた手紙には「この本で勉強して、最強のコンピュータ将棋を作ってくれ。フォッフォッフォ。」と書かれていた。
私が馬場さんの純粋さ、優しさ、考え方などが理解出来るようになったのはこのずっとずっと後だ。いまにして思えば、私と馬場さんとは会うのが早すぎた。私はもっと精神的に成熟してから会うべきだった。
その後、NHKのコンピュータチェスがグランドマスターと対決するという番組の取材協力のところに「日本コンピュータチェス協会」と載っていた。私がJCCAの名前を目にしたのはそれが最後となった。
あと、馬場さんの名前を「第10回世界コンピュータ将棋選手権(2000年)参加将棋ソフト」で見つけた。
第10回世界コンピュータ将棋選手権参加将棋ソフトのページ
「ハロー馬場将棋」馬場隆信
内容は知らないが、名前から察するにプログラムを最初に覚えた人がHello Worldを表示するプログラムを書くように、最低限動くだけの将棋プログラムをまずは書いてみた、という感じなのではないだろうか。
馬場さんの話はまだまだ尽きないが、私ひとりで抱え込んでいるのはどうにも荷が重いので、こうして胸中を吐露させてもらった。いまとなっては馬場さんにお詫びの言葉を述べることすら出来ないが、最強のコンピュータ将棋を作ることが唯一、馬場さんの魂に報いることになるのではないかと思っている。