ペンゴを巡る冒険
いわゆるソーシャルゲームでは、あるプレイヤーがチームプレイに有利になる課金アイテムを購入すると、無課金のプレイヤーたちがその課金したプレイヤーを頼り、蟻のごとく群がってくる。課金したプレイヤーにとってはそのことが快楽であり承認欲求を満たせるという仕組みだ。
「この現象、何十年も前に見たことがある!」と思って、記憶を探っていたら、たぶん『ペンゴ』に端を発するのではないかと気づいた。以下にそのエピソードを書く。
私がちょうど小学校の高学年になったころに『ペンゴ』(1982年/セガ)というテレビゲームが流行った。
医者のドラ息子であったN君は、このゲームが大のお気に入りで、このゲームをやりに行くためだけに隣町のゲーセンにまでボク達を連れて出向いた。何故ボク達を連れていくかと言うと、N君はそのゲーセンでときどきカツアゲに遭うらしく、ボク達を連れて行くのはその護衛のためらしかった。
当時、私は一ヶ月のお小遣いは1,000円なのに対して、N君はお正月にもらったお年玉(親戚などから数十万円もらっていた)を全額お小遣いに割り当てていて、ゲーセンに行く度に数千円使っていた。そりゃ小学生がそれだけお金を使っていればカツアゲにも遭うってものだ。ボク達はN君のことを「ドラ息子」の意味でドラと呼んでいた。
ドラはボク達に護衛代として1回同行するごとに50円か100円をくれた。
「俺がペンゴをするから、者ども付いてきやがれ!」ってな感じで、彼はボク達を引き連れて10人ぐらいで大名行列のようにしてゲーセンに行くことで承認欲求が満たされていたのかも知れない。
ここで『ペンゴ』というゲームについて少し説明をしておこう。
『ペンゴ』のBGMはGershon Kingsleyの「Popcorn」という曲だった。この曲はテクノの先駆けとも言われている。
当時、著作権にそれほどうるさい時期ではなかったので有名人の楽曲を無許可でゲームに使用することは珍しくはなかったが、『ペンゴ』ではこの曲に関してきちんとJASRACの許諾を得ており、JASRACのシールがインストラクションカードに貼られていた。
また『ペンゴ』は海賊版が非常に多く、コピー基板(ゲーム名が「Penta」になっているものや、SEGAのロゴマークが改竄されているものetc…)や、アイスのブロックを麻雀牌に変更したもの(『ミスタージャン』1983年/キワコ)などをよく見かけた。
興味深いことにコピー基板でも律儀にBGMだけは差し替えてあるのだ。プログラムをコピーしてもお咎めは無いが、JASRACの許可なしに曲を使用するのはヤバイというコピー業者の判断だったのだろう。当時、いかにソフトウェアの著作権だけが蹂躙されていたかがよくわかる事例であると思う。
さてドラの話に戻ろう。そんなペンゴ大好きなドラであったが、例年、6月ごろになるとお年玉をすっかり使い果たしてしまうのだった。数十万円を6ヶ月で使ってしまうドラに我々はただただ呆れるばかりであったが、ドラにしてはお小遣いを使い果たすと『ペンゴ』が出来ないばかりでなく、大名行列をなしてゲーセンに赴くということもできなくなって二重に苦しかったのかも知れない。
夏休みに入るとドラは毎日が退屈で、とうとう我慢の限界に達したのか、母親の財布からお金を盗むようになった。ボク達は「盗んだ金なんか受け取れない」と断ったのだが、ドラは「俺の気持ちだから、受け取ってくれ」と言って無理に100円玉をボク達の手に握らせた。ボク達はなんだか後ろめたいものを感じながら、隣町のゲーセンに向かった。
しかし『ペンゴ』はそのゲーセンから忽然と姿を消していた。ドラが通わなかった2ヶ月間、ほとんどインカムがなかったので撤去されたのだろう。
ドラは呆然としながら1000円札を全部メダルに替えてメダルゲームで遊びだした。その日はたまたまメダルゲームで大当たりして、ボク達は夕方までドラとゲーセンにいた。ドラは帰りに文房具屋に立ち寄ると高そうな万年筆を一つ買った。ボクたちには意味がわからなかったが、彼の家まで護衛して行ったときにその理由がわかった。
彼が家の玄関の扉を開けると彼の母親が鬼のような形相で出てきて「あんた、また財布からお金盗ったでしょう!」とドラに問い詰めた。
ドラは泣きながら(たぶん嘘泣き)、「これプレゼントしたかったから」と万年筆を母親に差し出した。ドラの母親は困ったような顔をしながら、ドラの手を引っ張って家のなかに入って行った。ボクたちは、そんなドラを静かに見送った。
夕暮れだったので、ボク達は家路を急ぎながら、『ペンゴ』のpopcornを口ずさみながら帰った。やがて、そのなかの一人が次のような歌詞を当てて歌い出した。ボク達はその歌を大合唱しながら帰った。大名不在の大名行列だった。
「ドラ、カネヌスム、ドラ、カネヌスム、マタ オカン ノ サイフ カラ イチマンエン」
「ドラ、カネヌスム、ドラ、カネヌスム、マタ オトン ノ サイフ カラモ イチマンエン」
「ドラ、カネヌスム、ドラ、カネヌスム、マタ オネエ ノ サイフ カラモ イチマンエン」
単純な歌詞なのだが、popcornによく合っている。私はテクノを聴くといまでも必ずこの歌を思い出すのだ。
■ おまけ
Gershon Kingsleyご本人がピアノでpopcornを演奏している素晴らしい動画も併せてご覧ください。(すっかりおじいちゃんになっていて、時代の流れを感じますが…。)
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