平謝りのクリスマスプレゼント


私がいままでに贈ったクリスマスプレゼントのうち、特に印象深いものを書く。


もうかれこれ10数年前の話になるが、当時私はとあるエロゲー美少女ゲーム会社でディレクターをしていた。ゲームのほうはゲーム画面がそこそこ出来上がっており、雑誌社に向けて資料(主にゲーム画面のスクリーンショット)を出さないといけない時期に差し掛かっていた。ちょうどクリスマスイブの日のことである。


しかし、ブランド名は依然決まっていなかった。美少女ゲームメーカーにとってブランド名は看板であり、屋台骨であり、いかに覚えてもらえるかによりそのあとの作品の売れ行きを左右するとても大切なファクターである。


その日はスタッフが一同に会して、ブランド名を決定するための会議を夜遅くまでやっていた。何時間もやっているとさすがにお互い疲れてきて、いいアイデアが出ない。社長はなかなか首を縦に振ろうとはしない。


そんなとき、チーフグラフィッカーのTさんが何か閃いたようで、突然「“鍵”とかどうですかっ!」と言った。


社長「鍵…。いいね!Tくん、いいよ!それはいい!!すごくいい!鍵ね!鍵!!18禁っぽくないところがいい!」


このネーミングを社長がいたく気に入ったようで、もうお互い疲れていたこともあって、社長が気に入ったのならということで、会議はお開きにした。


ところが、次の日、このTさんが私に小声で話しかけてきた。


T「あの〜。やねさん。昨日、ブランド名、“鍵”ってことになりましたよね。」
私「うん」
T「あれちょっと大変なことに気づいたんです。」
私「はい?」
T「ブランドのロゴマークをデザインしようと鍵を英語になおしてみたんですけど…」
私「……あっ!Keyか!!」


Keyとは当時(いまでも?)飛ぶ鳥を落とす勢いだった株式会社ビジュアルアーツを代表するブランド名である。


T「これ、まずいですよね?」
私「そら、まずいわな…ありえんわ」
T「やねさんのほうから社長にそれとなく伝えてもらえませんかね。」
私「はい??!」
T「お願いします!!この通りです!!」
私「嫌だよ、そんなの…」
T「お願いです!!ボクへのクリスマスプレゼントだと思って!!」
(私に土下座するTさん)
私「わかったよ。Tさんには日頃お世話になってるし…でもなんか損な役回りだな…」


とんでもないクリスマスプレゼントになったもんだと思いながら、私のほうから社長の携帯に電話することにした。


私「お仕事中に恐縮です。いまお電話大丈夫でしょうか。」
社長「いま、ビブロス(当時「Pure Girl」などの雑誌を出していた出版社)の編集のところだけど、急ぎの用?」
私「急ぎと言えば急ぎでして」
社長「なにかな?手短にしてよね」
私「ちょっと我々が昨日決めたブランド名について懸案事項と言うかですね、これではまずいのではないかという、そういう不安材料みたいなものが浮上して参りましたので、ちょっと急ぎでこのことについてお伝えしておきたくてですね。」
社長「ほう、どうしたの?」
私「このブランド名、大手のブランド名に似ているところを見つけたと言いますか、既視感があると言いますか、率直に言いますとバッティングしていると言いますか、まあ、そういうことなんですけどね。」
社長「よくわかんないよ。どういうこと?」
私「“鍵”のロゴデザインをするためにこれを英語にしたものを小さく入れようかと思ったのですが、英語にしてみたところですね、それがちょっと名のある大手のブランド名を連想させると言いますか、誤解されかねないと言いますか。」
社長「え?え?どういうこと?」
私「社長、“鍵”は英語でなんと言いますでしょうか。」
社長「鍵..鍵..あ!!! Keyか!!! うわーどうしよう、俺、PCエンジェル(の編集部)とかにもう言っちゃったよー。どうしてどこの雑誌の編集も教えてくれなんだよ!!“鍵”なんか全然駄目に決まってるだろ!!」


社長はその電話のあと急いでその日に回った雑誌社をお詫びと訂正のために再訪問した。夜遅くに帰社した社長から我々はこっぴどく叱られた。Tさんに私が贈ったクリスマスプレゼントは、社長からの大目玉という形のクリスマスプレゼントとして私に還ってきたのであった。


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