価格詐欺


オンラインゲーム上で価格詐欺をよく目にする。たいていのオンラインゲーム(MMORPG)には、露店やオークションに指定した値段で自分のアイテムを販売する仕組みが備わっている。そこに通常の価格の9倍ぐらいの値段で出品するというのがよくある価格詐欺。


この9倍っていうのがミソで、1,000円のものを9,000円で売るわけだ。(実際はこの仮想通貨の単位はzenyだったりgoldだったりgranだったりするわけだけど) そうすると900円に空目したそそっかしいプレイヤーが、「相場より1割程度安いなぁ」と思って(急がないと売れてしまうと錯覚して)急いで買ってしまうわけだ。しっかり確認しないほうが悪いのだろうけど、なんかそういうのを見ると私はとてもやるせない気持ちになる。


それと言うのも遊戯王が大流行したとき(10年ほど昔)、私の知り合いがトレカ(トレーディングカード)のショップを経営していた。知り合いというか、この人間とは相当の腐れ縁で、この人と知り合いだとも思われたくないような間柄なので、「ああ、あのオッサンのことか」と思った人もそのことはコメント欄には書かないでいただきたい。(あちらのSEOに協力するのも癪なので)


そのトレカのショップに遊戯王のとあるレアカードが売られていた。そんなにレアリティが高いカードでもなく、他のショップで3千円程度で売られているようなカードだったのだが、売値はなんと15万円である。(確かお店に売りに来たお客さんから2千円ぐらいで買い取ったカード。)


こんな馬鹿な値段をつけて誰が買うのかと普通の人なら思うだろう。そういう人は、世の中のことが全くわかっちゃいない。


私はこの15万円のカードが売れる現場を目の当たりにしたので詳しい状況を以下に記す。




そのカードを買って行ったのは小学生か幼稚園児ぐらいの男の子だった。


彼は彼のお婆ちゃん(だと思う)の手を引きながら店に入ってきて「これがほしいんだ」とそのカードを指さした。お婆ちゃんは、その値札に書かれたゼロの数を「ひい、ふう、みい、よー」と数えて「あああ」と後ろにのけぞる。


そもそもこの男の子は15万円というお金がどれほどのお金なのか全くと言っていいほど理解していないだろう。どうせこの少年は数字も99ぐらいまでしか数えられないに違いない。「ゼロはいくつあってもゼロ」ぐらいにしか思ってないのだろう。でなければ、自分のお婆ちゃんにこんな高いものをねだったりできないはずだ。


お婆ちゃんはその少年に尋ねた。「ホントにこれかい?」「ホントにこれが欲しいのかい?」「どうしてもこれが欲しいのかい?」「このあと欲しいものがあっても買ってやれないと思うけど、本当にこれでいいのかい?」何度も何度も少年に念押しした。少年はお婆ちゃんに「そうだよ、これが欲しいんだよ、どうしてもだよ、どうしてもだよ。これ以外にはボクはもう何もいらないよ」と無邪気に言った。その少年の無邪気さが私にはとても憎らしく思えた。


お婆ちゃんが決心したのか「これください」と静かに言うと店員はガラス製のショーケースの鍵をあけてそのカードを紙袋に入れてお婆ちゃんに手渡した。お婆ちゃんはひどく折れ曲がった茶封筒からしわくちゃになった1万円札を1枚ずつゆっくりと取り出した。その様子を私は後ろでじっと見ていた。


少年は宝物が手に入って歓喜していた。お婆ちゃんは死ぬ前に孫が喜ぶ顔が見れて良かったのかも知れない。お婆ちゃんは精一杯のことを孫にしてやった。店のオーナーは、2千円ぐらいで買い取ったカードが15万円で売れてほくほくだ。そこには誰も被害者は居ないように思えた。悲しんでいる人はどこにも居ない。表面上はな。


もし悲しんでいる人はどこにも居ないと本気でそう思えたなら私はどんなに幸せだっただろう。だけど、私には到底そうは考えられなかった。


子供にはお金の価値がわからない。いや、正確に言うとお金の価値のわからない(or 判断力のない)子供が世のなかにはそこそこいるんだよ。そういう子供をターゲットにして食い物にするのは認知症のお年寄りを騙して貯金を巻き上げるリフォーム詐欺などに見られる詐欺行為と何ら変わりはない。


例えば、GREEで検索、無料です」と謳うGREEの釣りゲームでは、数回使うだけで折れる釣竿アイテムが2,100円。価格設定が理不尽なこと極まりない。まともな判断力があれば、こんな釣竿アイテムは絶対に購入しないだろう。いや、そもそもこんな不条理な設定になっているゲーム、最初からやる気もしないかも知れない。


こんなアイテムを購入しているのはあのときお婆ちゃんの手を取って店に入ってきた少年のように数もろくに数えられない少年ばかりなんじゃないかしらんと思ってしまう。親は無料だと思って携帯ゲームを子供にやらせてたら、二桁の数字すら数えられない子供が知らない間にアイテムを購入する。そして、翌月とその翌月にはとても高額な請求書がキャリアから送られてくるが、親は泣き寝入りするしかない。


ホントにこれが合法なの?"合法"でいいの?と思ってしまう。いやまあ、合法なんだけどさ…。


もろちん、お金の価値をきちんと理解している子供が、自分のお小遣いの範疇でやるなら何の問題もない。2,100円のすぐ折れる釣竿にだって、子供にとっては信じられないような価値のあるアイテムかも知れない。それは私の世代がビックリマンチョコにハマって、ビックリマンのカードにかけがえのない価値を見出していたのと同じだろうから。


話は少し戻って、合法かどうかということなら2千円で買い取った遊戯王のカードを15万円で売るのは確かに合法だ。他店で仮にそれが3千円程度で売られているカードだとしても15万円で売るのは合法だ。買うほうは原則的には納得した上でそれを買っているはずだ。だか、明らかに、その価格の設定の仕方にはお金の価値のわからない子供を騙そうという意図が読みとれる。そういうオーナーのあざとさが私にはどうしても許せなかった。


当時、このトレカショップのオーナーの年収は2,3千万円ぐらいだったと思うけど(税金対策のため、実際の給与はもっと低めの設定かも知れん)、私はこのオーナーがビジネス面で見ても成功者だとは到底思えなかった。もちろん、いまもこれっぽっちも思えないし、いまでもこのオーナーのことは死ねばいいのにと私は思っている。


ともかく、私はいまでもオンラインゲームの価格詐欺を見るたびに、あのときのお婆ちゃんの顔が目に浮かび、言うに言われぬ複雑な、そして吐き気を催すような、そういう感情に苛まれるのだ。