S君の家庭の事情


郊外に住むS君は近くに働き口が無いらしい。


ゆえに、両親とお姉ちゃんと一家四人が隣町のデパートに勤務している。S君のお父さんはその地下1Fのフロア長で、S君のお母さんは惣菜コーナーに勤め、S君のお姉ちゃんは地下のケーキ屋の店員であり、S君は文具店に勤める。


S君のお父さんが運転する車で四人揃って出社し、四人揃ってその車で帰宅する。多くはないが安定した給料と安定した雇用(お店が潰れてもそのデパートの別の店で働けばいい)が魅力だとS君は熱弁を振るう。


確かにコンビニを家族経営して失敗するケースも多いなか、四人仲良く出社して、四人仲良く帰宅する光景は微笑ましい。


しかし、S君のお姉ちゃんの勤務するケーキ屋が先日閉店することになった。そのデパートに別のケーキ屋が出店してきて、S君のお姉ちゃんの勤務するケーキ屋の売上に大打撃を与えたらしい。S君のお姉ちゃんは、それをいい機会だと思ったのか、結婚して上京した。


「ケーキは売れないくせに、お姉ちゃんが売れてしまうとは…」とS君が漏らした。


S君は今日もお父さんの運転する車で出勤する。彼のお姉ちゃんがいつも座っていた後部座席の左側にぽつんと出来た空間に違和感を抱きながら。