羽生さんと私


羽生さんが史上初の七冠王を達成したとき(1996年)、私はまだ学生で、姫路のド田舎の、最寄の駅が徒歩二時間という辺境の地で生活しており、私の部屋のテレビはアパートの二階の住人と喧嘩してアンテナを立ててもらえずに単なる邪魔な、ただでさえ狭い部屋の空間を占拠する黒い物体と化していた。


ゆえに徒歩四十分かかる一番近いコンビニに行き、そこで将棋世界を立ち読みして、そこで羽生さんが七冠を達成したことを知った。(お金がないので将棋世界は買わない) そしてウキウキしながら、牛蛙がブーンと低い声を出して鳴く田んぼ沿いのゆるやかな坂道を満天の星空を眺めながら自転車で帰った。


向こうは時の人であり、スーパースターであり、こちらは単なる路傍の石であり、牛蛙なのであった。