サンタさん、ひゃくおくまんえんください(当方切実)


※ これはとある目的のために別のブログに投稿した文章です。4人しか見てくれなかったのが悲しかったのでこちらに転載しておきます。なお、内容は一応フィクションです。



子供のころ、私の家では、サンタさんにお願いするためのプレゼントは、クリスマスの1週間前までにアンケート用紙に記入して母にそれを渡すとそれがクリスマスの日に届くという習わしになっていた。


「どうして一週間前がプレゼントの締め切りなの?」と私が母に尋ねると「サンタさんかて、プレゼント買う金をおろすのに銀行行かんとあかんやろ。年末になると銀行混んでるんや。ほやから早い目に銀行行かんとあかんねん。」と答えた。このとき私は初めてサンタも普段は家にはあまり現金を置いていないのだと知った。


「どうして、アンケート用紙には第三希望まで書かないといけないの?」と私が母に尋ねると「サンタさんかて、予算っちゅーものがあるんや。今年のサンタさんは冬のボーナスが基本給の1.5ヶ月分しかでーへん。このご時世にもらえるだけでも有りがたいとしたもんや。この賞与のうち、1ヶ月分はローンの支払いで消える。今年は洗濯機つぶれたから新しいのに買い換えてしもたからな。」と答えた。よくはわからないが、サンタにもボーナスとかあって、洗濯機とか買って生活は困窮を極めているのだと子供心に思った。


「どうして、サンタさんのボーナスは1.5ヶ月分なの?」と私が母に尋ねると「それはサンタさんは大学出てへんから零細企業にしか雇ってもらわれへんかったからや。おまけに入社して10年目になるのにいまだに係長止まりで、あとから入社した大卒の人が上司になったりしていろいろ大変らしいねんで。いつも酒飲んだら愚痴ってはるわ」と母は悲しそうに言った。母は「アンケート用紙には、第三希望までだけじゃなく、もっとたくさん希望を書いておいてもええ」と付け足した。たくさん書いておけばそのうちのどれか一つぐらい叶うかも知れないと母は言った。


ところで、私には二歳年上の姉が居る。


お調子者である私は、テレビで「東大」が日本で一番賢い人の大学というのを知ると「将来は東大に行く!」だとか、プロ野球選手の年俸は1億円をくだらないというのを聞くと「将来はプロ野球選手になる!」だとか、「ノーベル賞」が科学分野における最大級の栄誉であることを知ると「そして、ノーベル賞を取る!」だとか言っていた。


姉は、そのたびに「ほんまやな?ほんまにプロ野球選手になるんやな?」のように突っかかってきて、「な、、なる!絶対なる!!」と私が言うと、そのたびごとに誓約書を私に書かせた。小学低学年でろくに漢字も書けなかった私に姉は「プロやきゅうせんしゅになれなかったら、ミチコ(←姉の名前)に、ひゃくおくまんえん払います」と書かせた。


「ひゃくおくまんえん」がどんな貨幣の単位かもわからないが、そんな調子で私が何か言うごとに姉は私に「ひゃくおくまんえん」の誓約書を私に書かせ、気がつくとそんな誓約書が十数枚たまっていた。金額に換算すると「十数百億万円」である。聞いたこともないようなお金の単位だ。


私も小学校の高学年になると、この状況はまずいのではないかということにうすうす感づいたが、しかし「時、既に遅し」で、姉はその誓約書を鍵のかかる引き出しにしまい込んでいた。そうだ。サンタさんにクリスマスプレゼントで「ひゃくおくまんえん」をもらえばいいんだと私は思った。しかし小学生低学年のときの私なら素直に「ひゃくおくまんえん」と書いていただろうが、そこは小学校の高学年である。ローンの支払いに困窮しているサンタにはそのような支払いは到底不可能である。そんな無理なお願いはしない。


だからその年のクリスマスのアンケート用紙に次のように書いた。いままで姉に書いた誓約書の内容すべてを盛り込んだのだ。


第一希望. ( 東大合格してプロ野球の選手になってノーベル賞をとって      )
第二希望. (  そのあと直木賞を取ってIQ300になって、アラブの石油王になって )
第三希望. ( 超能力者になって、億万長者になって、未来とか見えるようになって  )
 ノストラダムスを超えて、人智を超えて、人類の最後の叡智と呼ばれて、
 神とあがめられて、日本国民全員が信者になって、
 毎年のお布施が百億万円になって、
 ブッダとか日蓮とか空海とかと呼ばれて、
 キリストの生まれ変わりとかまことしやかに噂されて
 銀河鉄道の列車に乗ってアンドロメダまで旅して
 機械の体とか手に入れて千三百歳まで生きて、
 そのあと火の鳥と人魚の生き血をすすって不老不死になって
 体半分もぎとられてもなお生きて、地球が核戦争後も生き残って、
 人類最後の子孫として末永くこの世界に君臨できますように。


その年のクリスマス当日の朝には私のベッドの枕元に「心が疲れたとき読む本 (PHP文庫)」、「精神科って、どんなとこ?―疲れた心と体を癒すストレスクリニック」という二冊の本がプレゼント包装をして置かれていた。たぶん、サンタの予算的に、そしてサンタの能力的にはそれが精一杯だったのだろう。「大学も出てねぇサンタは使えねぇな!!」と私は思った。


あれから、十数年経ったが、いまだにどの願いも叶っていない。姉は私の誓約書を持ったまま嫁いで行った。姉がいつ誓約書のことを言い出すか私は今日も不安に怯えながら背中を丸くして縮こまって寝ている。


サンタさん、どうか今年こそは、どれかが叶いますように。
さもなくば姉がこの世から消えていなくなりますように


よろしくお願いいたします・・・