双方連続王手の千日手は成立しない


普通の指将棋、詰将棋において、双方連続王手の千日手は起こりえない。これは将棋指しの間でも余り知られていないが、(詰将棋作家には常識かも知れないが)そのように駒を配置するのが不可能だからだ。


これはさすがに誰かが証明をしているだろう、と思ったのだが、探してみたけど見つからなかった。丸一日考えたのだが、証明は簡単ではなさそうだ。以下では私の考えた証明を書いておく。


まず、将棋において王手するための方法は、
A) 駒を打っての王手
B) 王以外の駒を移動させての王手
C) 王を移動させて、王によって影になっていた遠方まで利く駒(香、角、飛)による王手
の3通りである。


以下では、簡便のため香も含めて、「大駒」と表記する。


双方連続王手ということは直前にも敵から王手されているわけで、直前の手も敵からのA),B),C)のいずれかである。直前のA),B),C)を、こちらがA),B),C)のいずれかの手段によって回避しなければならない。このときの組み合わせは3×3 = 9通りある。


しかし、不可能な進行もある。例えば、C-Cという進行はない。このことを拡張した次の定理1を証明してみよう。


[定理1] Cのあと、A,Bを任意の回数繰り返しても、そのあとCには行けない。


[証明] Cが成立するのは、互いの王と、大駒が一直線に並んでいた時のみである。Cによって玉を移動させているので、Cのあと敵玉と自玉は同じライン(縦・横・斜め)上には位置していない。よって、Cのあと、A,Bを任意の回数(0回も含む)繰り返しても、次のCによって逆王手になることは有り得ない。(証明終わり)


また、定理1により、Cは1回しか使えないが、千日手を成立させるために手順を3回ループさせる必要があるので1回だけしか使わないというわけにはいかない。要するにCは1回も使えないのである。よって、A,Bだけの組み合わせで千日手を作らなければならない。


[定理2] B→B→B→…とBだけで千日手が成立する進行はありえない。


[証明] Bは自玉に王手している敵駒を取りつつ相手に王手しなくてはならないので、Bを繰り返しているといずれ盤上の駒がなくなる。よってBだけの進行では千日手にならない。(証明終わり)



[定理3] 小駒だけの王手では双方連続王手の千日手は成立しない。


[証明] 小駒での王手に対しては、合駒は出来ないので、この駒を他の駒で取り去る(B)か、王をかわす(C)しかない。しかし、定理1よりCは選べない。よって、自駒を動かしてこの王手している駒を取り去らなければならない。しかし、このときの自駒は(大駒ではなく)小駒である。つまり、小駒での王手→小駒でそれを取る→小駒でそれを取る…という進行にならざるを得ないのだが、定理2より、これはありえない。(証明終わり)


定理1,定理2により、Aが必須ということがわかる。つまり、双方連続王手の千日手手順があるとすれば、それはAから始まると仮定しても一般性を損なわない。



[定理4] 双方の王は同じライン上(縦・横・斜め)に位置していない。


[証明] 背理法を使うため、双方の玉が同じラインに位置していると仮定する。


定理3により大駒での王手が必ず存在する。大駒での王手に対する応手としては、合駒をしてそれが逆王手になるか(A)、盤上の自駒でその駒をとって逆王手になるか(B)、玉を移動させるか(C)のいずれかである。しかし定理1によりCは選べない。同じラインに位置しているのでAのように合駒が逆王手になることもない。よってBしかない。


このBに使われる駒が小駒だとすれば、合いは利かないのでAには進めず再度Bに行くしかないし、このBに使われる駒が大駒だとしても、合い駒が逆王手にならないのでやはりBに行くしかない。つまりBからBに進み続けるしかない。定理2より、これは不可能である。(証明終わり) コメント欄で指摘をもらったようにこの証明は不備がある。

[定理5] 大駒は相手から大駒で非近距離(1マス以上離して)で王手された時に、相手の玉と同じライン上(縦・横・斜め)にのみ打つことが出来る。


[証明] 小駒で王手された時は合い駒が出来ないため、合い駒出来るのは相手から大駒で王手された時に限られる。このときの合い駒は逆王手にならないといけないので、ここに大駒を使うとしたら、相手の玉と同じライン上でなければならない。


[定理6] 相手の玉のライン上以外に、自駒の大駒は配置出来ない。(配置していても役に立てることが出来ない)


[証明] まず、相手の玉は定理1により移動させることは出来ないので、敵玉のラインが変わる心配はしなくて良い。この自駒の大駒を移動させて逆王手するような手順が千日手のために必要だとしても、定理5により、あとから大駒を打てる場所は相手の玉と同じライン上のみである。つまり、相手の玉のライン外にある自駒の大駒を復元することは出来ず、相手の玉のライン外から相手の玉のライン内に移動させるのは不可逆な移動なのである。千日手を成立させるためにこのような不可逆な移動があってはならないので、このような移動は用いることが出来ない。(証明終わり)


[定理7] 相手の大駒を自分の大駒で取り返すことは出来ない。


厳密な証明は長くなるので例えば次図。



角で王手されて、香で合いをして、そのあと桂馬を打たれた図。香を打ったときに角でこれをとってしまうと、それを敵玉のライン外の大駒で取り返すことは出来ない(定理6)ので、この香の下に香か飛が配置されていなければならないが、この移動も不可逆な移動であり(証明略)、そのように取り返すことは出来ない。


■ 結論


定理3により、大駒による王手がどこかに存在するが、定理7により、大駒の王手は、小駒を打って受けるしかない。小駒の王手に対して玉が逃げることが出来ない(定理1)ので、これを他の駒で取るしかないが、大駒で取るのは不可逆な移動(証明略)なので、小駒で取るしかない。そのあと、小駒で小駒を取り合うことになり、定理2により、この進行はありえない。


よって、双方連続王手の千日手は成立しない。


■ 感想


定理7が厳密に証明出来ていない。もう少し考えれば出来ると思うが疲れたのでいったんupする。そもそも、こんなに長い証明が必要なのだろうか。もっとエレガントな証明はないものか。


定理1とその証明を発見したときは、なんかもっとすんなり行きそうだったのだけど、その後、強い定理が発見出来ずに長引いた。ちょっと駒を動かして実際に配置してみれば双方連続王手の千日手が不可能なことは簡単に示せるが、エレガントに証明しようとするととても難しい。


いまさら言うのも何だが、私はこういうのはあまり得意じゃない。


(2008/06/03 追記) 読者の方から、定理2の証明に不備があって、「先手の駒の移動による王手を受けながらの空き王手→後手の駒の移動による王手を受けながらの空き王手→でループする可能性が無いことを証明しないと、(このこと自体は正しいと思いますが)盤上の駒が減っていくことが成り立たない」という指摘をいただいた。確かにそうだ。その時の王手は自駒で影になっていた大駒による王手になるので、大駒での王手が不可逆なプロセスであることを示せればいいと思うのだけど、定理7の証明と同じく、これを示すのは骨が折れそうだ。


(2006/06/04 追記) 定理6の証明もちょっとおかしい。大駒を移動させて、その影になっていた大駒で空き王手にすれば、前者の大駒を敵玉のライン外に移動させることが出来るので、「敵玉のライン外に大駒を復元できない」というのはおかしい。「手駒の大駒を敵玉のライン外に復元できない」が正しい。このへんも含めて、検討し直して再度証明に挑戦してみる必要がある。


■ この記事の続き


双方連続王手の千日手は成立しない part2
http://d.hatena.ne.jp/yaneurao/20080607