大人のためのピアノ入門(11)


前回の続き。最終回。


■ ピアノは何が難しくて何が難しくないのか


この連載では、特定の曲を練習することを避け、リズム訓練、スケールの訓練、アルペジオの訓練や読譜速度の向上を行なうことで、初見能力を養うことに主眼を置いた。


この考え方は、受験勉強にも似ている。入試の過去問を分析するのは悪くはない勉強法だが、基礎となる事項を系統的に学ぶことを怠ってはならない。基礎となる事項を系統的に学び、結果的に問題が解けるようになっていた、という状態を目指すことが好ましい。ピアノにもそれが言えると思う。


私はしばしばピアノと音ゲーとを比較してしまう。ピアノと音ゲーとはどう違うのか?仮に音ゲーの達人がいたとして、彼にはピアノを弾くための何が足りないだろう?


まず、ピアノはテンポを自分でキープしなければならない。そのため、リズム練習が必要になる。


次に異なる点は、音ゲーではそれほどキーが多くないのに対して、ピアノではキーの数がとても多いことである。このため、特定のキーに対して特定の指をアサインする、というようなことは出来ず、現在指が位置しているキーを記憶しておき、次にタッチすべきキーまでの距離を譜面から読み解き、その距離だけ移動するのに最適な指の移動パターンを考え、それを適切なタイミングで行使しなければならない。


例えば、現在右手でレの音のキーを中指で押していて、次に押すべき音がそのすぐ右にあるファだとしたら、短3度上に移動しなければならないので、現在の調を考慮しつつ、そのファの次の音を先読みして親指をくぐらせる必要があるかを判断して、くぐらせる必要がないなら小指か薬指で押しに行くのが良いと考え、その後続の音符がファより上方にあるなら、少しでも手首のポジションが右に移動したほうが良いだろうから、薬指にしておこうか、などと考えて、押すべきタイミングが来たら中指と薬指の間はキーひとつ分を開けた距離にして押そうと記憶しておき、押すべきタイミングにおいて、正しい強さでキーをタッチしなければならない。


でもそんなことはひとつひとつ考えてはいられないので実際的にはほぼすべてを無意識に処理する。無意識にどれだけ処理できるかにかかっている。そのためには、譜面を見ただけで無意識に、かつ、反射的にこれらのことが出来るように訓練しておく必要がある。


次に必要なのは、譜面の先読みを行ない、短期的に記憶する能力である。これは、音ゲーをやっていればある程度養われているので問題ない。しかし、ピアノのペダルタイミングを正確につかむには、自分の演奏している音を聴く必要がある。


なぜなら、ダンパーが離れた状態にある弦は、他の音と共鳴するからである。この「他の音」とは、ホールで演奏する場合、自分が数秒前に鳴らした音が反射して自分のところに戻ってきた音なども含まれる。よって、演奏する場所に応じて、自分の耳で現在鳴っている音を感じながらペダルを踏まなければならない。


結局のところピアノの演奏とは、自分でビートを発生させ、それを分周し、目で譜面の先を読みながら、短期的に覚え、頭のなかで譜面からリズムパターンを編成し、また同時に運指パターンを構成し、その運指パターンに基づき、リズムパターンから決定されるタイミングより先に指を予備的に移動させ、かつ、正確なタイミングで正確な強さで打鍵し、同時に正確な強さでキーから指を開放し、同時にペダリングやデュミナークのために自分が現在出している音と過去に出した音を認識していなければならない。


音ゲーよりやらねばならないことが多いので、音ゲーと同じぐらいのオブジェ(音符)の密集度であっても、ピアノの場合、格段に難しい。歴史上、初見能力に最も優れているのはフランツ・リストだと思うが、彼ですらショパンのOp.10だけは初見では演奏不可能でOp.10全曲(12曲)を弾きこなすのに数週間を要したというのは、そのあたりが人間の限界なのだと思わざるを得ない。


Op.10はどれもこれもピアノ上級者ですら弾きこなすのに半年や1年かかる大曲なので、全曲を数週間というのはとても驚異的な記録だが、Op.10を音ゲー的に見たときに「Op.10のオブジェの密集度ってそれほどか?」とも思ってしまう自分がいる。


何はともあれ、人間の能力でどうやっても到達できないところを目標とすべきではない。そういう高い目標を持つことはとても大切なことだが、到達不可能な地点を目標として設定してしまうと計画的に練習していくことが困難になる。


■ 最後に


今回の連載では、ピアノ練習のひとつの方向性を示せたと思う。私の自身、プロのピアニストでもなく、そんなにピアノが上手いわけでもないので単なる妄想記事に過ぎないが、参考になると思う人には参考にしてもらえれば光栄である。


きちんと目標を設定して、そして自分で課題を決め計画的に練習していけば、3,4年ぐらいでポップスぐらいならたいてい初見で弾きこなすことが出来るようになると思う。「ピアノを子供のころに習っておけば良かった」だなんて言わないで!ピアノは大人になってから初めても遅くはない。むしろ大人のほうが、子供より真面目で計画的かつ効果的な練習が出来るはずだと信じたい。


(終わり)