ゼログラ(1)

私が幼かったころ、近所に同い年で失語症の女の子が住んでいた。家が近かったこともあって、私は彼女の誕生日や何かには必ずと言っていいほど招待された。いま振り返ってみると、私は彼女のことが好きだったのではないかと思う。しかし、どれだけ自分が努力しても彼女とは意志の疎通すら図れなかった。


当時、私は頻繁に怖い夢を見た。彼女と自分とは厚いガラスで仕切られていて、こちらからはいくら叫んでみても彼女には声は届かない。彼女はかろうじてこちらが何かを伝えようとしていることには気づくのだが、こちらが何を伝えようとしているのかは、まるで理解できない様子だ。そうしている間に、彼女に闇が忍び寄り、彼女を飲み込んでしまうのだ。―――まるで、白蟻に家が蝕まれていくかのように。


「早く逃げろ!」私は何度も何度も彼女にそう叫ぶ。彼女はガラス越しににっこりと微笑む。彼女は事態がまったく理解できていない様子だ。否。本当にそうなのだろうか?という疑問がよぎる。ホントは彼女は何もかも理解していて、そして達観しているのではないだろうか?


いずれにせよ、彼女に自分の声が伝わらない以上、自分の必死の叫びはいつも徒労に終わる。そこで私は汗びっしょりで目が覚める。すごくやるせない気持ちとともに。(つづく)