日本で数学者は育たない?

「日本に大数学者は居ないんじゃないか」とか書くとあちこちから怒られそうだが、遠山啓、矢野健太郎など名前は知っていてもその業績についてはいまひとつわからない。そもそも高校や大学の数学や物理の教科書に出てくる公式や定理の名前はほとんどすべて外人の名前が付いている。*1

日本人は頭が悪いのか?と言うと、そんなことは無いと思うのだが。日本語圏と英語圏の人口格差のせいだろうか?そりゃたくさん居たら居たほうが有利のような気はする。たぶん英語を日常的に話す人の数は5億人ぐらいは居るはずだ。日本の4倍ぐらいだろうか?しかし、それを言えば、中国なんぞは12億人は居るだろうが中国人の数学者なんてほとんど名前すら聞いたことが無い。教育レベルが違うのかも知れないが、単純に人数に比例するというわけでもなさそうだ。

そういう意味では日本人が馬鹿なのは日本の教育制度の問題なのかも知れない。若いころに神童と呼ばれたような少年が、結局は自分の好きな科目しかしないために頭の悪い学校にしか進学できず、自分のしたくもない科目を嫌々やってそのうち勉強嫌いになったりする。そう考えるとなんだか気の毒だ。彼らは悪しき教育制度による被害者なのだ。日本の風土では天才の大半は若い内にその才能の芽をついばまれる。

次に言語の壁だ。専門書や文献はたいてい英語で書かれている。学会で発表するのも英語にならざるを得ない。小学校の、一番よく覚えられる時に英語を教えずに中学からやったところで、覚えられないものは覚えられないのである!(自信たっぷりに言うことではないだろうが)

それからマーケットの小ささだ。日本でまともな技術書の書き手が居ないのは、こういった糞みたいな教育によって書き手がスポイルされていることもあるだろうが、マーケットが(英語圏に比べて)小さいというのもある。おまけに、頑張って書いても難しい本は売れない。初心者向けの、それこそインターネットで探せばオンラインで読めるような内容の本がよく売れたりする。ついでに言えば、技術書の場合、よほどベストセラーにならない限りは、ビジネスアプリでも書いているほうがよっぽど儲かるというのもある。優秀な技術者であればあるほどその傾向は顕著だ。よって、優秀な技術者による本というのはほとんど考えられない。私の場合も(自分が優秀な技術者と言うわけではないが)目下のところ、本を書いているよりはプログラムを書いているほうがはるかに儲かる。

なんかそう考えると日本の出版業界は全般的にサブーイ気はする。考えてみるに、ここ数年間に読んだ日本の研究者によるコンピュータ関係の書籍(翻訳本は除く)で良かったと思うのは中田先生の「コンパイラの構成と最適化」と結城先生の「Java言語で学ぶデザインパターン入門 マルチスレッド編」*2だけだった。洋書の中で良かったと思う本は枚挙いとまないほどなのだが。

そうは言っても、自分自身マニュアル本のような本に助けられることも多々ある。自分で試行錯誤を繰り返す時間を大幅にはしょれることがあるからだ。そういう本を「内容の薄い本」だと批判するのは簡単だが、意味のない、売れない本という認識は間違っていると思う。

以上、とりあえず、だらだら書いてみただけなので結論めいたものは控える。

*1:これについてはこんな意見をいただいた→http://yaneu.com/cgi/yanebbs/dobbsr.cgi?a=view&topic_id=1077382762&res_id=46-47
あと、確率積分で「伊藤の公式」というのがあるそうな。日本人の名前がついててちょっと嬉しかったり。

*2:この本、良書だけにJavaに限定しないほうがよかった気がする。おそらくはC++Javaと同じものを説明するのが泥臭いと感じたからだと思うが、大変惜しい。手前みそではあるが、やねうらおの「Windowsプロフェッショナルゲームプログラミング2」(ISBN:4798006033)では、この本にあるマルチスレッドのデザインパターンC++で書いたものを用意しているので興味のある人は読まれたし。