12音階誕生後の世界


先日、私は「原始人ですら12音階を発見していたのではないか」という仮説を書いた。


12音階が誕生するまで
http://d.hatena.ne.jp/yaneurao/20110503


このストーリーには続きがある。12音階を発見した彼らがいかに音楽を作っていくかだ。
今日は、それを少し見ていこう。


原始人A「なるほど。1オクターブは12に分割できるのか。」


原始人B「な?凄い発見だろ?」


原始人A「確かに凄いが、この木琴はどう使うんだ?歌うとき、その肉声に合わせて、その肉声と同じ音高の音を叩くつもりか?」


原始人B「ああ。肉声のガイドとして叩くつもりだ。」


原始人A「だとしたら、12もいらなくね?俺たちの歌って、1オクターブの12の音すべて使ってないぜ?こんなにたくさんの鍵盤、作るのだって面倒くさいぜ?」


原始人B「あれ?そうか?じゃあ、間引いて数減らすか?」


原始人A「間引くって簡単に言うなよ。どの音残すんだよ?低い音から並べたときに全音より跳んでいると歌いにくいぜ?」


原始人B「つまり、隣合う音は全音か半音になってなければならないってことか?少ないほうがいいってことなら、全部全音にした場合が一番少なくなるわな。この場合1オクターブは6個の音になる。」


と言いつつ、鍵盤を1本ずつまびいて、ド・レ・ミ・ファ#・ソ#・ラ#の6本にする原始人B。そこにはC whole tone scaleと呼ばれるscaleが現れた。


原始人A「おい、ちょっと待て。俺たちの歌をガイドさせるなら、ドの3倍音であるソは外せないぞ?この音よく使ってるからな。1/3倍音であるファもよく使っている。これも外せねぇや。この条件で最小の音の数にしたいわけだよ。」


原始人B「それを最初に言えよ。その条件を満たすようにするには、6個の音では足りないな。少なくとも音がもう一つ必要だ。7個だ。たぶん7個あればその条件を満たせるだろう。1オクターブから7個の音を選んでみよう。」


そう言うと原始人Bが何やら計算を始める。


1オクターブから7個の音を選ぶ場合、隣り合う音との距離が半音のところが2箇所、全音のところが5箇所必要になる。
このとき1オクターブに存在する半音の数は、2個×半音 + 5個×2全音 = 12半音でちょうど計算が合う。


これを満たすscaleは何通りあるか?


いま、基準音(ここではドとする)から完全四度(ファ)と完全五度(ソ)の音がなければならない。


ファはドから半音5個。ソはドから半音7個。つまり、ドからファまでに半音がひとつだけ必要。(二つあると奇数にならない)


またファとソの間に半音を入れると、そこで半音が2つ必要になるから、1オクターブに少なくとも半音が3つ必要だということになってこれはまずい。ゆえに、ファとソの間は全音


ド〜ファの3箇所のどこかに半音一個、ソ〜ドの3箇所のどこかに半音一個。
つまり3箇所×3箇所 = 9通り。


いま、全音とW、半音をHと表記しよう。


1) HWWWHWW
2) HWWWWHW
3) HWWWWWH
4) WHWWHWW
5) WHWWWHW
6) WHWWWWH
7) WWHWHWW
8) WWHWWHW
9) WWHWWWH


この9通りだ。ただし、1),4),5),8),9) / 2),6),7) は開始点が違うだけで同じscaleだ。
4),5),9),6),7),8)を削除すると結局1),2),3)の3つのscaleしか残らない。


原始人B「という結果になったんだが、どうよ?」


原始人A「3)はwhole tone scaleのどこかに半音を挟んだ形のscaleで、あまり面白みがないね。これは実用的ではないから使わない。そうすると結局、1)と2)しか無いんだね。」


原始人B「まあ、そうなるな。」


原始人B「俺たちの歌で、このscale以外の音を使ってるところはどうしよう?」


原始人A「そりゃもう、歌のほうを近い音に変更していくしか無いんでね?木琴自体が音が跳び跳びにしか無いんだしさ。」


原始人B「そうだな、そういう意味ではこの木琴という楽器はデジタルな楽器だな。音高は離散値しか取れない。」


原始人A「その点、お前が虎の髭で作ったヴァイオリンとか言う楽器は、アナログだったな。音高に関しては連続的な音が出せた。」


原始人B「あれは狙った音を出すのが面倒くさいってお前散々ぼやいてたじゃん。」


原始人A「ああ、その点、この木琴という楽器は叩くだけで希望する音が出る。コペルニクス的転回だと言えよう。」


原始人B「この時代、まだコペルニクス、産まれてねぇし。」


てなことを話ながら、二人は曲作りに励んで行くのであった。


(つづく)


・続き書きました。


12音階誕生後の世界 PART2
http://d.hatena.ne.jp/yaneurao/20110515


■ major scaleとminor scale


ここで現代の視点で見ると、彼らが選択した2つのscaleはmajor scaleとminor scaleと呼ばれるscaleだ。


1)は
・major scale
・natural minor scale
・descending(下行形) melodic minor scale
の並びだ。
2)はascending(上行形) melodic minor scaleの並びだ。


minor scaleは「その理論的な根拠に乏しい」と言われることがよくあるが、natural minor scaleはもちろんのこと、melodic minor scaleもそれほど自由に取り決めたわけでもなく、(今回のような)いくつかの条件を満たすために必然的に産まれてきた理性のあるscaleであることがわかる。


※ 残念ながらharmonic minor scaleは出てこない。これは、harmonic minor scaleの6thと7thの間が全音+半音開いていて、今回の前提条件を満たさないためである。
※ また、以下ではascending melodic minor scaleのことを単にminor scaleと表記する。


普通、音楽理論では、major scaleが最初にありきで、major scaleの平行調としてnatural minor scaleが発生し、そのnatural minor scaleを修正してharmonic minor scaleとmelodic minor scaleが産まれたかのように説明をされるが、今回の前提条件からはmajor scaleとminor scaleとが同時に得られた。


つまり、今回のscaleの導出過程からすると、major scaleとminor scaleとでどちらが優位ということもなく、この二つは対等で、どちらも根拠のあるscaleだと言える。このことは、minor scaleを愛用し、なんだか後ろめたい気持ちになりながら作曲している作曲家にとっては朗報なのではないだろうか。


話を戻す。1)の変化形は、4),5),8),9)しか無く、2)の変化形は6),7)しか無い。


つまり、基音と、その完全四度と完全五度である音が聴こえてきた場合、これを満たすmajor scaleは1),4),5),8),9)の5通り。ascending melodic minor scaleは2),6),7)の3通り。合計8通りのscaleしか候補が無い。


いま仮にこの基音がドだとすると(ファ、ソが聴こえてきた場合)、それぞれ次のscaleを意味する。


※ 例えば、1)ならば基音であるドからHWWWHWWのように並んでいるスケール。つまり、ドレ♭ミ♭ファソラ♭シ♭のスケール。これはA♭ major scale。


1) HWWWHWW : A♭ major scale
4) WHWWHWW : E♭ major scale
5) WHWWWHW : B♭ major scale
8) WWHWWHW : F major scale
9) WWHWWWH : C major scale


2) HWWWWHW : B♭ ascending melodic minor scale
6) WHWWWWH : C ascending melodic minor scale
7) WWHWHWW : F ascending melodic minor scale


ちなみに、circle of 5th*1を思い出せば、Cに対して、F,B♭,E♭,A♭は隣接している。



ある調の主音と、その完全四度の音、完全五度の音を残したまま転調しようと思うとこれらの近親調しか候補が無いということがわかる。あと、このときcircle of 5thを左回り(完全四度の方向)に進むというのも覚えておくといいかも知れない。